向こう側へ

 屋敷の中でリュックの中身を整理しようとその場に出して、使うものと使わないものを仕分けする作業をしていた。

 背には、巻き付くように銀狼が寝そべっており、全くの無警戒で腹を出している。

 生暖かい感触が、この狼も生きているのだなと思った。


「にしても、正直何が地雷だったのかわからんな」


 先程リシテアが離れていった件を思い返す。

 それも小一時間ほど前であるが、時が経てば戻ってくるだろうと最初は考えていた。だが、時間が経てば経つほど戻ってくる理由も実際ないなと思ってかなり焦っていた。


「でも、最初は一人で暮らそうと思っていたんだ。

 最初にあんな事があったからって、向こうが大して深い理由があったわけでもなさそうだし」


 現代社会に生きていた頃、実際に女性と関係を持ったことがないどころか、会話をすることもほとんどなかった。

 知ってるのは画面の向こう側だけの話で、体験も経験もこの一日でかなり進んだ自覚がある。実践して、効果的であると証明もできた。


「男が思っているほど、女は何も考えてない………か」


 学生時代の友達が言っていた言葉だ。

 俺が奥手すぎると笑いながら教えてくれた。

 女も考えて行動する者とそうでない者がいる。圧倒的に後者が多い。経験則だ。と、はにかんで笑っていた。彼は男の俺から見ても整った顔立ちをしており、どうして俺と会話するのだろうと思うほどに次元の違った生き方をしていた。

 だが、俺は彼を友達と思っていたし、彼も俺を親友と呼んでいた。

 

 以降今まで会ってはいないが、友と呼べる者は彼以外には現れていない。

 

 物思いにふけっていると、多分、自分は人間に飢えていたのだなと結論に至る。

 結局、彼女は一瞬の間でも俺を見ていたのだ。


 俺もそれを望んでいた。

 結論として、俺はリシテアを好きであるのだと思った。


 一回寝ただけで彼氏面するな。なんていろんな作品で女性が言っている言葉だが、仕方がないだろう。一度自覚してしまったら、次リシテアに会うときにどういう顔をしていいのかわからなくなってきた。


 仕分けをしている作業が止まる。

 持ってきたと思っていた、枝切り鋏がなかった。それと折りたたみののこぎり。

 引っ掛けた覚えのない裂け目もリュックに入っており、もはや持ってきた同様の量を入れるとリュックの体裁を保てないほど傷んでいた。


「…………」


 この山に、誰かいるのだろうか。


「ウォーーーーーン」


 遠くから、狼の遠吠えが聞こえる。

 俺の後ろに寝転んでいる銀狼は、面倒くさそうに俺の服を噛んで「ウォン」とだけないた。


「リシテアに、何かあったのか!?」


 先程の爆風で装備していたクロスボウや攻撃的な武器は曲がったり折れたりしている。ちょっとやそこらで整備できるほど俺には知識も経験もないのでいつか一日を通して勉強の日を作るのは悪くない。と思いながら、でもさっき通った道は人が通れる程度は道になっていたよなと思い返す。

 すると、別に道具がなくても問題はなさそうだと結論になる。


「よし、行くぞ獣よ!!」


 立ち上がると、銀狼はとても不満そうな顔で俺を見た。

 名前をつけようと思って、だがまだ考えてもいなかった。


 装備はすべて置いていき、腰に水の入ったペットボトルだけを提げて屋敷を出た。


「ウォーーーーーオオン」


 遠吠えが再び聞こえる。

 銀狼に「なんて言ってるかわかるか?」と聞くと、「ウォン、ウォォン」と狼語で返答してくれるが、狼語の素養のない俺は理解できなかった。


 多分、早く来いとかなにかだろう。

 けれど、小さい銀狼はあの声を聞いても全く焦りもしなければ、面倒くさそうにしていた。ということは、緊急性の無いのでは無いだろうか?


 足早に、女神の湖までたどり着くが、そこには誰もいない。

 湖と陸の境界には、未だに乾いていない水分が見て取れた。もしかすると、先程までリシテアはここで水浴びをしていたのだろうか。だったら、ついていかないという決断をした先程の俺に非難を浴びせたい。


「ウォン」


 銀狼は、先に行くぞ。と言うようにもう一本の道を進み始める。

 崖下に見つけた入り口の塞がれた洞窟に行く道だ。


「何を発見したんだよ。もう一つの洞窟の入り口でも見つけたか?」


 あまり、期待せずに大きな銀狼の声がした方へ小走りで進む。

 一度通れる程度に道を作ったからか、先程よりも圧倒的に早くそこへたどり着いた。だが、5分以上は走った気がするが。


「ウォン」


 森から出たところで、左右を見回す。

 出て右側に閉じられた洞窟があって、その逆には行ったことは無いな。

 と、声の主である大きな銀狼は、俺をにらみながら「早く来んか」と怒りそうな視線を送ってくる。自意識過剰かもしれないが。


 リシテアは、大きな銀狼の陰に隠れるように顔を見せずに体だけを確認できた。

 多分、銀狼がいなくても外套で顔までは確認できないだろうが、まだ俺の近くにいたと言うだけでホッとした感情が湧いた。


 ゆっくりあるきながら


「次は、何があったんだ?」


 というと、フイと顔で崖の方ーーーー塞がれた洞窟の方を向けて


「洞窟が、開いている?」


 現代の利器を十全に使っても、一時間やそこらであのレベルの岩を除去できないだろうと思っていた。それが、今や綺麗サッパリなくなっていた。

 取り出した岩や土もそこには見当たら無い。

 もしかすると、リシテアが魔法を使ったのかもしれない。


「どうやって?」


「様子を見に来たら、空いてた」


 簡単なリシテアの説明に、納得ができない俺。


「さっきの爆風はここが爆弾やらなんやらで吹き飛ばされた衝撃波だった?」


「そうだったら、もうちょっと被害が多そうじゃない?

 ここはきれいに洞窟の入口だけが切り抜かれた感じがする。

 ほら」


 リシテアが指し示す先、洞窟に描かれていた文字のようにも絵のようにも見える装飾は、全くの無傷で残っていた。

 先程の爆風で無理やり開けたとすれば、これも一緒に破壊されてそうだ。


「それにね、周辺にもここを塞いでいた岩も無いでしょ?

 私にも何がなんだかわからない」


 だが、先程の爆風と洞窟の入口が出現したことは、無関係には思えない。

 それはリシテアも引っ掛かっているようで、頭を悩ませる。


「なかに、入ってみる?」


「それで、あなたを待っていたというのもある。

 じゃあ、入ってみましょう」


 というと、大きな銀狼が先行偵察をするように俺たちより先に洞窟に入った。

 それに続いて、俺、リシテア、最後に小さい方の銀狼が順に入ることになる。


 中は暗くなかった。

 上を見上げると人工的なライトが埋め込まれているようで、前を進む銀狼が通った上のライトが点灯し、最後尾の小さい銀狼が通ったあとに消える仕様で、俺達がいる場所しか光はなかった。が、そういえば何も持ってきていないことに気がついた。

 あるのは飲水だけ。こういうときにこそなにもないだろうと、予想が裏目に出るほど、俺は運が悪いと思った。


「不気味ね」


 100mも進んだところで、壁も床も同じ景色が続くだけだった。

 誰が、なんの目的で作ったのか。その証拠となるものも見つけられない。


 何も起こることもないまま、同じくらいの時間歩く。


「ウォン」


 吠えたのはどちらの銀狼か。

 だが、それは俺たちにも確認ができた。


 一本道の遠くに、光源が見えた。

 それは出口にも見えたし、何らかの施設の光なのかもしれないとも思った。


 とりあえず、俺達は警戒しながら光に向かって進んだ。

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