侵略者 

 地球上のすべての観測施設で異常値が生み出され、エラーを吐いて再起動が必要になる。

 轟音とともに爆風が荒れ狂い、惑星規模で建物の倒壊や吹き飛ばされ行方不明者が出るなど、その衝撃は人類文明が出現しておそらく過去一番の被害が出ただろう。


 海に面している土地の低い陸には海が侵食し、飲み込んだ。

 高層ビルは強風で煽られて破片を四方八方へ飛び散らしながら被害を各所にばら撒き、原型を留めて居ないどころか、そこに存在を確認できなくなっていた。


 その影響からか、電波障害が発生し現代社会に生きている人類は、その衝撃が何なのか正確な情報も得られないで居た。

 全ては不安と喧騒に苛まれ、最優先に復旧された政府機関が持つ人工監視衛星とのリンクはその発生源を捉えていた。





ーーーー【8月11日 10時12分】 世界連合 地表観測機構 監視局 


 通信センターの巨大な画面に映し出されるのは、太平洋のど真ん中。見渡す限り海で、かなり深度の深い海溝があったはずの場所だった。


「大陸!?」


 誰かが呟いて、観測員たちは隣の人間と自分が見ている光景が同じだということを悟る。

 結論として、太平洋のなにもない場所に突如として「大陸」が出現した。

 その理論もロジカルも何もわからない。どういう現象なのか、はっきりと説明できる人間など誰も居ないだろう。

 だが、これだけは共通認識として、あの大陸が出現したからこそ現在の被害を被っているということだけは分かっていた。




 リアルタイムで更新されていくその映像は、上空から撮ったものであり、これも監視員の誰かのつぶやきから分かったことだが


「カメラ近づいてください! なにか大陸から出てます」


 ゆっくりとズームされていく映像に、やがてくっきりと見えるようになる黒い影。

 それは、戦闘機のようなフォルムをしているが、しかしゆっくりとその両翼が動いているのが確認できる。飛行機の尾である部分は左右に振れながら進んでいる。

 近づいたカメラ。

 次は影ではなく、はっきり色が付いてそれを視認できた。


「ドラ、ゴン?」


 それは、ファンタジーの産物。神話などで語られる空想の存在。

 最初は戦闘機などに装飾をしているのかも、と思ったがその数が1000を超えるくらい数えると、逆にそう擬態する必要もないのではないかと言う話になる。


「すべてのホットラインを取れ! 以降【国家X】を仮称するそれが進行を始めたと!」


 局長は思った。どれだけの戦力かもわからない。もしかすると神の魔法だって使用するかもしれない。見る限り、スピードはあの二倍だとしても今の現行機であるF-25「スピアホーク」には敵わないだろう。しかし、それ以外になんの戦力が存在しているのかもわからない。楽観視することはできないだろう。


「局長!!」


 張り詰める空気に、震える声で報告に来る女性スタッフ。


「何だ」


 振り返りざまに目に入るタブレット端末。女性スタッフがそれを支えている。その画面には4つに分割された画面に各国の代表や、その代理だろう男が写っていた。

 今まで表面上は仲良くし、内側で鎬を削っていた国が、今や画面の上で一つになり危機に対処しようとしている光景に目頭が熱くなる。

 そんなことに一喜一憂する余裕はなく、スタッフは続けて


「すでに各国に波状攻撃で戦闘施設がかなりの被害を受けていると」


「早い。

 しかし、出現してすぐに攻撃を始めても……」


 それにしても早すぎるだろうと口にするまでもなく、端末の向こう側から声が聞こえる。


『これは由々しき事態だ。つまり、異星人との戦争ということだ』


『前例がない。先延ばしにしていた宇宙軍の設立の話をもっと先にしておくべきだったな』


『実は空間のズレを確認した。

 それをここで共有したいと思ったのだ』


 連邦のシュリー総督が自慢のあごひげを撫でながら言った。


『空間のズレ? 例の論文の話か?』


『そうです。時空間というべきでしょうか。ここでは詳しい話を省きますが、端的にかいつまんで説明すると、一定以上の無限の熱量を持った物体の周辺に重力に似た何かを確認できた。という論文なのです。そして、それを元に連邦では独自の実験を繰り返して、結論から言うと、地球上ではないどこからかの土を取り出すことに成功しました』


『は? なぜ重力の話から土なのだ?』


 どうして一介の連合の観測局の局長がこの会話に参加しなければならないと頭を捻っていたとき


『重力に似た何かから、質量のある物体を取り出せたことに今回のポイントが有る』


「つまり、論文を突き詰めていけば別の世界に行ける? ということでしょうか」


 最低限の素養を持ち合わせているが、この手のジャンルと言うか分野は局長にとって全くの専門外である。総督の説明で行き着く先が「転移」というSFだったり、ファンタジーの創作の産物であることに驚きを隠せない。


『そんな「魔法」のようなことが、今回と何につながるのだ』


 早く結論を知りたいらしい合衆国のタイソン大統領はデスクを叩いたのか画面が揺れる。


『私達が行った研究と今回の出来事が重なったのは不運でしか無いが。

 つまり、あの太平洋に出現した大陸は、別の世界から「転移」してきた可能性が高い』


『それは、連邦の責任だということでよろしいか?』


 会話に参加していなかった共和国の代表が言う。


『それは早計に過ぎる。

 実験を繰り返したときに、みなも体験しただろうあの衝撃が軽くながら起こることを確認した。私達はそれを「空間震」と仮称して観測する計器を作った。

 局長、今そちらにも情報を送った。複雑な機器は必要ない。早めに作りそこから監視してほしい』


「わかりました。整備班を回せ! すべてプリントアウトして共有しろ!

 これが今の最優先だ」


 ネットワークに接続していた機器を再起動なり整備をしていた班の班長を呼んで命令する。誰も文句を言わないのは訓練の賜物だ。


『すでにいくつかの都市が崩壊した。

 戦力を共有する。君たちから他の国には伝えておいてくれ。実際、代表は………亡くなられた』

 

 絶句する。共和国の代表は、代理の者だと認識されていたのだが、おそらく彼が今のトップなのだろう。

 この数十分で世界が激流の大海のように変化している。


 ここが対策の最前線だろう。しかし、あまりにも情報が少なすぎる。


「局長!! 傍受に成功しました!

 【国家X】は「帝国」を自称しているようです。

 そして、この地を侵略するとも。戦力差は明白だろうと言っているようです!」


 それは、4国の長も聞こえていたようで、顔を顰めるしか無い。

 戦力差とは言うが、地球は未だに本格的な戦力を投入しきれないでいる。


 「異星人との戦争」について、誰も。

 この地球上の国家はいずれも、想定をしておらず、動けないでいた。


「局長!! 日本国が飛翔体を発射した模様!」


「なんと発表している!?」


 怒涛の展開に、皆は夢でも見ているのではないかと現実逃避をしようとする。


「国土の自衛のために敵を殲滅する」


『いつから脳筋になったのだ』


『合衆国が手綱を握らないから』


『日本といえばあの論文が発表された国だ。

 早めにコンタクトを取っておくべきだったか。』


『我らも手を貸す。申し訳ない。我らはここで抜けさせてもらう。

 結果は後に報告しよう。このラインは残しておけ!』


 共和国の代表は、敵(かたき)を打つと言わんばかりに力強く立ち上がったかと思えば、回線が切れる。

 ここには、3国の代表とそこに並ぶには力不足な、世界連合の局員との4人だけになる。ーーーー実際にはタブレット端末を支える女性スタッフもいるが。


「まずは自衛をするしか無いでしょうね。

 日本国の様子見をするか、共和国のように援護に行くか。2つに1つですね」


『異星人との交流は、侵略しか無いという予想は真実だったか』


 有名な博士が残した言葉は、今になって現実味を帯びる。

 まだ生きていればこの展開に何らかの解を導いたのだろうが、如何せん、現状全くの情報不足で知識不足だった。


『専門家を呼ぼう。

 各国10分以内に有識者に連絡を取れ。ここに直接繋げばいいだろう』


「だめです。

 主要国やこの施設は極太のケーブルや巨大なアンテナなどで通信を超強化した場所です。よって今こう連絡が取り合える状況ですが、おそらく一般大学や一般家庭のインターネットなどは未だに稼働はしていないでしょう。

 直接、呼べる方に限定してほしいです」


『それは、失念していた。

 分かった。ーーーー博士の大学までヘリを飛ばせ! 急げ!』


 各国の通信からそんな慌ただしく動き始める声が聞こえる。

 

 観測所は、かつて無いほどに逼迫した空気が立ち込めている。

 異星人と呼ぶべきか、侵略者の存在。

 謎の論文と、連邦の研究。


 一介の研究職に毛が生えた程度の局長にはそれらにどう対処していけばいいのか理解が追いつかなかった。

 とりあえず、水分補給と理由をつけてあの場所から離れる。


 その間に、例の論文のダウンロードと、共和国から共有された敵国の戦力情報。それに連邦の研究結果などのプリントアウトを命じる。回線の確認が取れる他の国へ情報を共有するための文章を考えなければならない。ただ送るだけでは誰も状況を把握できないだろう。それに、今情報をすべて把握しているのは、この一介の局長しかいなかった。


「一体何が起こったんだ」


 


 帝国が地球に出現して、45分の出来事だった。


 

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