失言
一般人には経験もしたこともないような衝撃だった。
現代に生きている俺には想像もできない痛みと、恐怖が駆け巡る。
体がうまく動かない。木の幹を抱いている腕が離れない。そして震えているのがわかる。
何が起こったのか、全く予想もできなかった。頭が真っ白になる。
枝や葉が散らばり、中には倒れている木も見て取れた。俺が掴まっていた木がそうならなかったのはやっぱり運が良かったのかもしれない。
「だ、大丈夫か!」
リシテアの声が聞こえる。俺に気を使っているのだろう。しかし、銀狼の中からだからか、かなり声が籠もっている。
しかし、どうしてこんな衝撃を銀狼が察知できたのだろうか。
多分、聞いても教えてくれないだろうな。それに、俺なんか気にされていないように、放置だった。もしも鋭い何かが飛んできて刺さったり、木が倒れてきたりしたらもう俺はここに居なかったかもしれないのに。
銀狼にとっては、やはり俺なんてどうでもいいのだろうなと、結論づけたときに背後から生暖かい感触がして、「ゥヒィ」なんて変な声を出しながら飛び上がってしまった。
急いで振り返ると、銀狼が居た。
ふと、リシテアの方を見て、巨大な銀狼が蜷局を巻くように伏せているのが見える。すると、どうだろう。この後ろに、俺にすり寄るように体を密着させてくる銀狼は、もしかしなくても
「二、匹目?」
口に出ていた。聞こえていたろう一回りも小さい銀狼は「匹」に反応して不機嫌な顔をした。
「ウォン」
訂正しろと言わんばかりに歯をむいた。
その声は、先程埋まった洞窟を掘れと命令していた銀狼のものだと判別できた。
実際、俺は動物の判別どころかアイドルの顔の判別もままならないくらい見る目がない。銀狼も色と狼。という特徴だけで判別していたに過ぎない。
なんか小さいなと思っていたのは、正しかったようでやはりリシテアを護る銀狼よりもかなり小さいのが、俺の足元に体を密着させてくる銀狼だった。
二匹いるのだから、名前がなければどちらも反応してしまうのがテンプレだろう。
俺は小さい銀狼に名前をつけることにした。
「ぅぉん」
その顔を見ると、全く鬱陶しいなというくらいに不機嫌な顔をしていた。
狼というのに、どれだけ表情筋が豊かなんだ。と一周回って関心するしか無い。
「銀狼様は楽しみにしているようだぞ」
小さい銀狼を見ていたら、リシテアが通訳しながら近くに歩いてきた。
彼女は、大きな銀狼が護ってくれていたので、あの衝撃の直撃はなかっただろうが、かなり恐怖だっただろう。女の子は雷に怖いというのが通説なので、爆弾が炸裂したような破裂音と爆発音は正直俺でも少しちびった。
だが、あまり気にしていないくらいにピンピンしているリシテアを見ると、俺のほうが弱く思えてきた。そんなのは、俺の偏見なのかもしれない。
人による………。
「それで、今のは何だったんだ?」
「私が、知るわけがないだろう?
でも、似たような音がする攻撃は知っている」
そういえば、リシテアは大隊長だと言っていたな。
戦争などの経験があるのかもしれない。コスプレイヤーじゃなければ。
「本当?」
「なに? 私を疑うのか?」
「いや、そういう訳ではないけど」
いつの間にか、大きな銀狼はもういなくなっていて、俺はしゃがんで変な顔をしている小さな銀狼の毛に触れてみる。
「なっ、銀狼様に触れるんじゃない!」
「手が溶けるとか?」
「ウォン」
「そう言われましても」
小さな銀狼の大きさは大型犬くらいで、そう考えると大きな銀狼の方はかなり大きすぎる。小さい方の三倍以上はあるだろう。
そんなのと比べて今まで一緒の個体だと思っていたのか。改めて俺の識別眼は腐っているのだと実感する。
「なんて言ってるんだ?」
「『世話をする権利をやる』とおっしゃられている」
まさかの居候する気だった。
大きい方を見習って一人で狩りをしてろと思った。
「でも、リシテアは知ってたのか? 銀狼が二匹いるって」
「銀狼様を匹で数えるんじゃない!
そうだな。あんまり気にしていなかったな。そういえば先ほどがはじめましてでしたね」
リシテアは撫でられて目を細めている小さな銀狼に頭を下げる。
「ウォン」
返事をする銀狼。早く名前をつけないと銀狼がゲシュタルト崩壊を起こしそうだ。
だが、まずは屋敷に戻るのが先決だろう。
少しだけ、あの衝撃音が体の奥に残っている。如何せん初めて生命の危機を感じたのだ。休めるところで休憩をしたかった。
「名前はあとだな。一旦戻ろう」
そういえば、帰り道の道中だったと思いだして、リシテアも頷いて俺は立ち上がった。
小さな銀狼は名残惜しそうに小さく吠えて、一緒に立つ。
「あの屋敷が壊れてないといいけど」
俺の心配事は結構的中する確率が高いから、かなり心配だった。
繰り返すくらいには心配で、屋敷がなくなっていれば中にあったリュックに入っている食料も、屋根のある拠点もすべて失うことになる。それだけは避けなければならない。
こうして獣が一匹養わなければならなくなったので、保存食も心許ない量になりそうなのに。
「良かった。拠点を作り直さないとと思っていたのだ。
全くの無傷で残っていて安心した」
先行していたリシテアがそう言って振り向いた。
森の中から抜け出た俺も、その屋敷を見て驚いた。あの強風で最低でも窓くらいは割れていると思ったが、
「すごいな。何かに守られているような土地だな」
実際、屋敷の周りに枝や散った葉っぱなどがなかった。
土がえぐれるほどの強風で、俺の服などにも傷ができるほど枝や小石が飛び散っていたのに、ここはそんな様子は一切なかったかのように健在だった。
「縁起がいいから、今日は一旦休もう。
すべての作業は明日からでいいだろう」
「な、道具を取りに戻って来たのだろう?」
「リシテア。お前はいいよな、大きな獣野郎に護って貰ってたからな。
俺は死にそうだったぞ」
というと、リシテアの瞳から光がなくなって、表情が固まる。
「そうか」
とだけ言って、屋敷に背を向けて泉から帰ってきた道を引き返すように森に入っていく。
「おい、ちょ、待てって」
ついていこうとしたが、小さな銀狼が俺の前に来て体をこすりつけるように構ってくれとアピールをし始める。
「ちょ、銀狼さん、後で遊んでやるから、ちょっとまって」
森の影から大きな銀狼がぬっと現れて、大きなギョロッとした目で俺を見た。
失望のような、いらだちのような、軽蔑の瞳だった。
それを俺は知っている。ずっと見てきた眼だった。
そこで、俺は立ち止まり森に消えていき見えなくなるリシテアの背中を見つめ
「銀狼って、人の不幸が大好き、なんだってな。
不幸が大きければ銀狼も大きくなるのかな」
「ウォン」
小さな銀狼が吠えたが、なんと言っているのかわからなかった。
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