突然の衝撃(物理)
銀狼を睨むが、そっぽを向く獣にはなんの効果もなかった。
「戻ったんじゃなかったのか?」
リシテアは先程勝手に俺のリュックをあさりに行ったと思っていたが。
腰に手を当てて、
「銀狼様のお声が聞こえたから戻ってきてやったんだろう。
『この男に伝わらないから通訳しろ』ってね」
「あ、そうなのか。なんかゴメンな」
念話というのは便利なもので、声が聞こえてなくても伝わるのだろう。
銀狼とリシテアの距離はかなり離れていたし、銀狼はそんなに声を張って吠えてなかった。
そういえば、念話があるなら吠えなくてもいいのではないか?
いや、魔法というものはよくわからないので後で詳しくリシテアに聞くことにしよう。
「銀狼様は、行きたい場所があるらしいが先に進めなくて困っているとおっしゃっているぞ」
「それは、どういう?」
とりあえず、ついていくことにした。
さっきから銀狼に付いていくだけの仕事しかしていないな。
「ウォン」
「なんて?」
「『ウォン』だそうだ」
「??」
首をひねって考える。
「念話でなにか伝えたのか?」
「いや、吠えただけだろう。それがなにか?」
なんの意図があるのだろうか。
これから、考えていこう。どうせ俺はこの先ずっとこの山で暮らすのだ。
リシテアや銀狼はすぐに出ていこうとは思っていないだろう。あの屋敷を拠点にすると言っていたのだ。一日そこらの関係で終わらないと思った。
銀狼の背を追ってあるき始める。
次も、銀狼一匹しか通れないような獣道で、そこを小枝などを伐採しながら最低限の人が通れる程度に広げながら進む。
結局、短剣を今使うことになって、どうせなら一度みんなで屋敷に戻ればもっと効率的に作業ができたのではないかと思った。
やはり、文明の利器は作業を楽にするのだと改めて考えるきっかけになった。
「そのローブ、暑くないか?」
「ああ、そうだな。だが外を出歩くときにはこれがないと落ち着かなくてな」
わかる。気に入った服などに身を包んでいれば無敵になった気がする。
特に布団に包まると外界から遮断されて何でもできる気がする。
ふん! と溜めては振り下ろしてと、短剣で木を切るのが上手いリシテアは俺よりもかなり先に進んでいて、俺から銀狼はもう見えなくなっていた。
さっき、頑なに俺を呼んでいた理由は何だったのだろう。
もしかして、言葉が通じないことを理由に戦力外通告をいつの間にか受けていたのだろうか。そんな心配を他所に、銀狼のけだるげな『ウォン』という鳴き声が聞こえてきた。
面倒になったので、木を切りながら進むのを辞めて、リシテアが少し広げた道を超えて、獣道をかき分けながら進むことにした。
「あ、おい。私の作業を増やすな!」
「帰りながら二倍熟すことにするよ。
まずは、銀狼の話でも聞こう」
「む、まぁ、分かった」
短剣を腰に戻したリシテアが俺の背について、かき分けた草木を踏み倒して道を慣らす。
そして、少しすると視界から緑が消えて、目の前に茶色い断崖絶壁が覆った。
つまり、崖下だった。
「銀狼は?」
「あっちだな」
リシテアが指をさす。崖の茶色。森の緑色。銀狼の銀色の毛並みはかなり目立った。色んな所に光が乱反射しているので、今まで影の下に居たのであまり思わなかったが、光の下だと直視できないほどに光っていた。
「まぶしっ」
「それも、銀狼様があまり人間から発見されない理由でもある」
「まぁ、サングラスで多少は軽減できそうだが」
「サン……? とにかく、銀狼様が待っていらっしゃる」
そこは、崖側に少しくぼんだ場所だった。だが、よく見れば、落石などで洞窟がふさがっているようにも思える。目を凝らせばところどころに隙間があり、風が通っているようだった。
しかし、上を見上げても落ちてきそうな石もなければ、落ちてきたと思われる場所も見当たらない。洞窟、と言っても、多少人の手が入っているように縁には薄っすらと文字かマークのような何かが描かれているようにも見えた。
素人目に見ても、人工的に穴が塞がれて、巧妙に隠したのだと予想できた。
まぁ、全てアニメや漫画などの受け売りだが、似た事例があればファンタジーっぽく解説できそうな俺だった。
「ふむ。ここはなんだ」
「いや知らんが」
「ウォンウォン」
「『通れるようにしろ』と言っている」
「んな無茶な」
一人で作業して一ヶ月以上掛かりそうな大きさだ。いや、一年でも無茶かもしれない。この作業を朝から晩までできる訳がないので、それ以上掛かるのは当然の理でもある。
ショベルカーなどがあれば別だろうが。
そういえば、シャベルはあるしな。だが、こんな硬そうな岩を掘れるとも思わないし。
「俺じゃ無理だと思うぞ」
「それは、困ったな。私もこっちに来てから魔力を感じていないから、これを破壊できるほどの魔法を行使できない」
「その言い方だと、魔力があればできる。と言ってるみたいだけど」
リシテアは、体をそらして得意げな顔をした。
「そりゃあ、当然。私は大隊長をしていたから。そのくらいできないと示しがつかないね」
ウォンウォンと、銀狼も頷いて、俺には使えない。ゴミめ。みたいなジト目で見てくる。
くそ。あの獣かなり表情豊かだな。俺以上かもしれない。
「屋敷から湖。湖からここの道の整備と、道具を持ってこないと話にもならない。とりあえず、一旦引き返して、最初からタスクをこなしていこう」
「そうだな。
銀狼様、ここを通れるのは、かなり先になりそうです。
気長に待ちましょう。別に、誰も心配する人なんていませんので」
「ウォン」
なんだか、悲しい告白が聞こえていたが、まあ聞こえないふりでもしておこう。
隣人とは深く入り込まず離れすぎずの中途半端な関係でいいのだ。
下半身はズッポリだが。それは、この際考えないことにして。
「じゃあ、戻ろうか」
俺が言って銀狼の方を見ると、やはり煙のように消えていて、もうそこには居なかった。
それは、突然だった。
湖から屋敷に戻る道の途中、銀狼が慌てるようにリシテアの前に飛び出してきた。
音もなかったので俺は腰を抜かしてその場に尻もちを付いた。
その銀狼は、さっきの銀狼よりも大きく見えて、リシテアに巻き付くようにして蜷局を巻いてうずくまる。リシテアはその銀色の毛の中に居て見えない。
次の瞬間だった。
巨大な爆裂音。
衝撃と音が世界を揺らした。
地震が起こって木々が揺れ、空から衝撃波が降ってくる。
俺は風に吹かれて地面を転がる。人間を吹き飛ばすほどの風なんて台風なんて目じゃない。
太い木に背を打ち付けて、肺から空気が無理やり押し出されるように「ぐへっ」と潰れるような声を出して、死にものぐるいでその気にしがみつき
数十秒以上も吹き続けた風に、地面はえぐれ、色んなものが飛んでいたが、擦り傷だけで大事に至らなかったのが幸運だった。
そして、何事もなかったかのように、次には森は静けさを取り戻していた。
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