獣と戯れる
リシテアが腰に刺したもう一本の短剣をこちらへ差し出してきて
「お前も、こっちを手伝え」
女神の泉からの帰り道、次から往復が楽にするために屋敷からかんたんに伐っていた獣道を整備するようだった。
やぶさかではない、とうなずいて俺はその短剣を手に取る。
想像よりもずっと重い。刃物なんて十徳ナイフのような手のひらに収まる大きさか、百均で買える程度の包丁しか持ったことがない。
じっと短剣を見ている俺を見て何を思ったか、リシテアは
「あまり太い枝は伐るなよ。刃が欠けるからな。
でも、細かい枝を伐っても結局刃がこぼれる。
どうせあとから研ぎ直すんだ。あんまり気にすることはない」
刃こぼれを気にしているように見えたらしい。
「分かった。だが、俺はあまりこんな経験は無いから、当てにするなよ」
「いい。どうせあとから地面を慣らしながらもう一往復する」
作業を始めながら言った。
それに、俺はよく考えると枝切り鋏やショベルなどを持ってきていることを思い出す。
「なぁ、リシテア」
「なに?」
背を向けながら返事があった。
「先に家に戻ればもっと効率的にできる道具がリュックに入っているんだが」
「………それは、私も使えるものか?」
「まぁ、かんたんに使えるようになってる。俺も使い方くらいはレクチャーするさ」
「分かった。一回帰るとしよう」
短剣を仕舞ってこちらに手を向ける。
俺に渡した短剣を催促しているのだろうと思って、その手に短剣を乗せた。
「ん」
そう返事をして、剣を収め直し先に獣道を歩き始めた。
「ウォン」
俺の背の方から気だるそうな狼の声が聞こえた。
まだ慣れてないので、ビクッと体を震わせるが、その声はこちらに害を加えないというのは分かっていたので胸をなでおろし振り返る。
そこには銀狼が居たが、だがなんか一回り小さいような気がする。
それは、隣にリシテアが比較対象として存在しないからそう見えているだけなのかもしれないなと思って気にしないことにした。
「どうかした?」
銀狼に声をかける。
狼は少し目を細めて何度かうなずいた。
リシテアが、遠くから
「何してんの? 早く帰って泉までの道を整えて水浴びをしたいのだけれど」
「リシテア、銀狼が呼んでる」
「あ、そう。じゃぁ先に帰ってる。
早めに戻ってきて道具を教えて。勝手に漁ってるから」
「え、ちょ、まって」
と、リシテアの方に走っていこうとそちらを向いたとき。
ぐいっと服を引っ張られる感覚がした。
「んな?」
「ウォン」
銀狼が服を噛んで先にこっちにこい。と怒っている気がした。
「わ、分かったから。ちょっとまってて」
銀狼に優しく声をかけて
「あんまりぐちゃぐちゃにしないでくれよ!!」
それだけリシテアに聞こえるように叫ぶと、「わかった」と返事が聞こえた気がした。
「それで?」
銀狼に向き直して、坂で俺のほうが上に居たので少ししゃがんで目線を銀狼に合わせる。………やっぱり、少し小さい気がする。
「ウォン。ウォォオン。」
「あ、いやわかんないんだけど」
言うと、こちらを睨んできてつばを吐き捨てるようにそっぽを向いた。
「ウォン。ウォォォン。ウォウォウォン」
「あ、いや、わかんないんだって」
呆れたようなため息を付いたのが分かった。
哀れみの目で俺を見つめる。
そういえば、リシテアも「ウォンウォン」言ってる銀狼の声が理解できるように会話をしていた気がする。
すると、もしかすると念話のような手段があるのかもしれない。
そして、目の前の銀狼は俺に念話で話しているのだろう。
俺がそれを受信できないだけで。
「ウォン」
頷く銀狼だった。
もしかすると、俺の頭の中で考えたことも筒抜けになっているのかもしれない。
「ウォン」
頷く銀狼だった。
かなり俺に呆れている。
無能だと思っていないか? 獣風情のくせに人間様を下に見るなんてありえない。
「ウォンウォン」
首を横に振り否定をしているようだった。
だが、どれに対しての否定だろうか。まぁ、考えても獣と意思疎通できるわけがないのだ。一旦諦めて銀狼様に従ってどこかに付いていくことにする。
じとーっと、かなり冷たい目で俺を見る銀狼。
とても人間臭い。もしかして、リシテアが四つん這いになって獣のコスプレでもしているのだろうか。そして人気の少ないところに連れて行こうとして。
「『おい、クソバカ。早くこっちに来い』」
「んな、本当に声が聞こえた。これが、念話!?
しかも俺を馬鹿だと? やはり獣か」
「何を言ってるんだバカ。銀狼様に失礼なことを言うんじゃないぞ。
私は、銀狼が言ってることを代弁したに過ぎないがな」
様子を見に来たリシテアが俺の後ろから通訳してくれていた。
けれど。やっぱり、俺を馬鹿だと思っているらしい、この獣。
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