謎は深まるばかり
目印もなにもない、銀狼が通っただけの獣道にリシテアが短剣で細かい木々を切り落としながら道を作っていく。
それを俺は最後尾からついて歩く。
「何を見つけたんだ?」
「さぁ。知らん。」
こちらに顔を向けるまでもなく、バッサリと切り捨てる。
銀狼を信頼しているように、自分を危険な場所へ案内することは無いだろうと盲目的についていっているような気がする。
こちらの歩く速度に合わせるように、その体躯から少し歩幅を縮めながら歩く銀狼は、獣のくせにかなり知能が高いのだろう。
実際に、地球の獣ではないのだろう。
リシテアは、コスプレしているだけとも考えられるが。
「ウォン」
歩くこと、体感10分は進んだだろう。
そこはかなり広い湖があった。
「こんな場所があるとは、最初にもらった地図にはなかった」
驚愕に目を疑っていると、それ以上の衝撃を受けたらしいリシテアが
「こ、ここは!! 女神の泉!?」
ローブを深く被りすぎて顔は見えないが、かなり驚いているようだった。
しかし、女神の泉か。
知らない単語が出てきて、考える。
この山を買ってここにたどり着いたが、実際リシテアが異世界に来たわけではなく、俺自身が異世界に来たのではないのだろうか。
この、現実に在りそうもないかなりの透明な湖。深度何メートルかもわからないが、かなり深いところまではっきりくっきりと見えるのだ。どれだけ透き通っているのかわからない。これが地球上にあるとすれば、有名になって観光地化しているか、個人が所有できないほどの高価で上級国民が保養地にして一般人には知り得ない情報になっていそうだ。
それに、あの巨大な狼。きれいな銀色の毛並みの狼なんて世界中探してもいないだろう。動物学者が放おって置かない存在が、ここにのっそりと歩いている。
しかし、リシテアだ。一番の謎だが、全く日本人顔ではないにもかかわらず、ネイティブに日本語を喋るのだ。いや、勉強すれば誰でもネイティブレベルに喋ることは可能だろう。
全く何が起こっているのか想像もできない。
時間はたっぷりあるのだ。時の流れに身をまかせてーーーー
「どうした? お前。
私はこの泉の水に生命を助けられた。多分飲めるぞ」
「ああ。飲水があるのはとても嬉しい。
リシテアから生成されるミネラルウォーターも恋しいが………」
冷たい視線が刺さるのを感じる。
だが、先に提供してくれたのはリシテアなのだ。今更どうこう言われても仕方がない。飲んでしまっては返すこともできない。
「なんか、すぐに目的を果たしてしまったな。
少し拍子抜けした。」
「そうだな。女神の泉がこっちの世界にもあるとは。私も驚いた」
「そうだ。こっちの世界というか。
俺がリシテアの世界へ転移した可能性は無いのか? 今、俺は全く現実感が無い」
すると、リシテアがこちらへと歩いてきて両手を上げた。
その手のひらは俺の頬へ伸ばされ、親指と人差指で思いっきりつねってきた。
「いたっ、何を」
「ふむ。夢ではなさそうだぞ」
「そ、それは。知ってる」
昨日のあれこれはあったとはいえ、異性が俺に触れてきた。
顔をそむけて、真っ赤になった顔をリシテアに向けることができない。
「恥ずかしいのか? あんなに求めてきて何を今更」
「あれは、のりと勢いっていうかな」
「ははは。
私も少し思った。お前は多分知っている男だったから、身を委ねたのだ。
いや、知っている。というか、私はお前のような男を知っている。
私の体を差し出せば、全てから守ってくれるのだ。そんな男のような気がした」
「な、何を」
それは、リシテアは過去何度も経験したことがあるということか。
しかし、どんな商人だ。
体と安全を交換する、か。いや、リシテアの居た世界の常識と俺の知っているそれが同一だとは思わない。
そんな世界、だったのだろう。
「どんな男でもいいというわけではないぞ。
ただ、お前からは少し懐かしい気分になっただけだ」
なんと、ホームシックかもしれない。
ということは、その相手は身内だったのかもしれない。
謎は深まるばかり………。
「とりあえず、だ。
ここからあの家までの道を少し大きく広げないとな」
リシテアが話題をあからさまに変えるように言った。
俺はうなずいて、そういえばと銀狼の姿を探す。
「ああ。銀狼はすぐにどこかへ行く。神出鬼没だ。
だが、多分私をずっと見ている。危険があったらまっさきに守ってくれる」
ああ。その相手は獣という可能性もあったのか。
え? 俺はあの獣に似ているのか?
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