銀色の狼

 朝日が窓から差し込む。

 そういえば、カーテンも障子もこの屋敷には存在していない。

 カビとイカ臭い部屋の窓を開ける。冷たい風が入ってきて、体を撫でる。

 今は、何も着ていない。いわば全裸状態だ。それでもとても心地よく、新しい世界が始まったような気分になる。


「寒い」


 リシテアは、俺の服を体に巻いて、部屋の隅っこまで転がっていく。

 壁側に向いてもう一眠りするようだった。


 今日は、少なくとも周囲の探索と、食料の調査。それに水場の確保ができれば。

 そうやって、目標を頭の中に立てて、今から向かう森の方を見た。


「あれは?」


 眩しい光が目を刺す。

 銀色の、鏡のような何かが見える。

 こっちに向かってくる。

 お、大きいっ!?


 朝日に反射するそれに、目を開けていられないほど。

 近づくに連れて、それがなにかわかる。

 とても、大きな獣だった。熊でも、猪でもない。


 狼、だった。


「ここに、狼だと?」


 その場で固まる足。近づいてくる巨躯。

 そして、銀色の狼はちょうど俺の目線に顔を近づけて、なめるようにこちらを覗き込んでくる。生臭い吐息。野生の獣の匂いがする。


「ウォォン」



 吠える。

 巨大な狼は少し目を細めて笑った……気がした。






 窓から陽が昇っている。

 陽向がリシテアの足元と照らして、しばらくしてひょいと足を抱え込むような体勢で日陰にこもる。


「ん。もうそんな時間か?」


 後ろから声がする。先程二度寝にこけたリシテアだった。


「ウォン」


 返事をするように狼は鳴いた。

 もしかすると、この狼はリシテアのペットなのかもしれないと思った。

 だが、かの狼は俺の目を見て動かさない。

 それで俺も全く動けなくなっていた。


「仕方がない。ちょっとまっててくれ」


 リシテアがもぞもぞ動き始める音がする。

 背中越しに、生着替えをしているのだ。一方で俺は全裸で狼に襲われそうになっている。


「おい。お前。

 早く服を着て行くぞ。何かを見つけたらしい」


「わ、わかった。こいつ。人食わないよな」


「知らん。食っていたのは見たが」


「やっぱ、食うんですか」


 言われて、抱き枕にされていた俺の服をこっちに投げて渡す。

 瞳を逸らさないようにしてそれを拾い上げると、ゆっくりと見に付け始める。


「ウォン」


 小さく鳴いた狼は、満足した。というようにその場から離れ、屋敷の入口の方へとのっそのっそと歩いていった。


「な、なんだったんだろう」


 胸をなでおろしながら。残りの衣類を身につける。

 その場にはもうリシテアはおらず、すでに移動したあとだった。

 あの狼に合流しているのは分かったので、俺もバックパックはその場に残してからその中のクロスボウや矢筒。それに小分けにした水の入った水筒を腰にぶら下げて小走りでリシテアの方へ向かった。


 そこにはすでにボロボロの鎧の上に、小汚いローブを羽織っているリシテアと、首元を撫でられている狼の姿があった。


「これは銀狼。人の不幸を好んで食しているトィンクルの一匹だ」


「トィンクル? 何だ? それは」


「まぁ、レプラカーンのような妖精の一種だな。

 銀狼は、そいつの不幸が続く限り纏わりつくと言われている」


「ということは、リシテアも不幸だったと?」


「…………まぁ、私の話はいい。

 というよりもお前にこの銀狼は興味があるようだ。

 お前も不幸なことがあったんだろうな。銀狼がうまそうな餌だといっている」


「そうか。

 それは、ひとまずおいておこう。

 それで? この銀狼は、何を見つけたんだ?」


「わからん。とりあえず付いてこいと言っているから、付いて行けばわかるだろう」


 銀狼の案内のもと、俺とリシテアは森の中へと進んでいった。



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