明日からでいいか

リシテアはこの屋敷を見つけて一晩だということだった。

 気がついたらこの屋敷の中にいたということで、心細かったらしい。


「一人か」


「何だ? お前も男ということか」


 少したじろいで、こほんと咳払いをする。

「まずは、上がったらどうだ」


「そうするが、この物件は俺のだ」


「そ、そうか。それは悪いことをした。

 少しだけ拠点にさせてほしいのだが」


 申し訳無さそうに、こちらに伺いを立ててくる。

 初めてここに来て、まだ自分の所有物だとあまり認識できていない。

 それに、二人がクラスとしても、十分に部屋はあるだろうと思った。


「いいよ。別に。

 でも、他の人がいる場所は歩いて三日以上掛かるから。」


 先に言っておく。

 世捨て人になろうと思ってこんな山奥の秘境に土地を買ったのだ。

 もしも死んだとしても誰からも見つけられなくてもいいと思っていた。

 だが、彼女は違うだろう。なにかワケアリのように見える。


「なんと。襲われても誰も助けてくれないのか」


 わざとらしく驚くリシテア。


「何に襲われるんだよ。別に熊は出ないぞ」


「く、ま? 何だそれは。お前に襲われるといったのだ」


 意地悪するように、彼女は歯を見せて笑った。

 不覚にもドキリとした。

 

「据え膳と言うならばそうするが」


 あまり、意識しないように、無心。

 感情のない漫画の主人公のように心を虚無にしてそう答えた。


「責任はとってもらうがな」


その答えは、全く意図しないものだった。

 かなり好印象で、初心な童貞心を弄ぶ。


「食料と、生活は保証してやる。」


 カッコつけるように言ったが、その内心はウッハウハだった。

 もう、バッキバキで我慢もままならない。


「まぁ、それなら、しかたがないな。

 実は、目が覚めたときから何も口にしていなくてな。その対価、なら」



 恩着せがましく、仕方がないを強調する。



「いや、待て。食い物ならくれてやる。

 ほら。これとこれと」


 リュックから取り出した缶詰などを見せながら取り出すが、

 リシテアはこちらに見向きもせずに、着ていた鎧を外し始める。

 いきなりの行動で内心焦る。こんなときにどうすればいいのか、全くわからない。


 鎧の下に着ていただろうシャツは大半がその機能を果たしておらず、素肌を晒していた。下着の紐が目に毒だった。

 だが


「ん? そうか。お前も選ぶ権利はある。

 こんなに傷だらけでやけどの多い肌だと、出るものも出ないか。目を汚したな」


「あ、いや。そうではなくて。

 異性の肌を見るっていう機会がなかったというか。別に、汚くはないよ」


「最初の女がこんなに汚くて気分を害しただろう。

 実を言うとな、私の体は以前はどれだけの金貨を積まれても拝むことなんてできなかったんだ。

 まぁ、今言うことではないがな」


 下着だけになったリシテアを見る。

 左半身は軽度だが変色しざっくり切れた傷を縫ったような跡がある。もう半身は、やけどがひどく、グチャクチャに再生されているようで、無残にグロテスクに思えた。


「ん、そんな表情をされると少しだけ、傷つくな」


「あ、ごめん」


「まぁ、体は隠せばどうにかなるだろう。顔が大丈夫で良かった。

 体はもうどうにもならないが、こっちはまだ機能しているぞ。そこと、顔だけでまからないか?」


 体を脱いだシャツで隠しながら、こちらを見つめる。

 

「…………。俺は無料でいいと言ったからな」


「ああ、言ったな」










○○



 失った水分を補給しなが、畳の上で横たわるリシテアを見る。


「これで私を捨てようと思わないだろう。

 実際、役に立つのだ」


「まぁ、成り行きだけど。

 持ってきた食料は二人分にすると心もとないけど1週間は大丈夫だと思う。

 それまでに、水だけは確保しないとね」


「ああ。水か。

 なにか、容器などはないか?」


 体をもたげて、体勢を整えたリシテア。

 彼女はもう何も隠すことがない、というようにそのままの姿で、リラックスしていた。


「ん、まあ、ここにコップがあるけど」


「すこし、借りるぞ」


 リシテアは立ち上がると、コップを持ってそれを下半身に近づけて


「なっ!?」


 それは想像したとおりだった。力んだリシテアは、そこに水分を生み出した。

 アンモニア臭のあるそれを、こちらへ向けて。


「まぁ、こんなことをしなくても水魔法を持っているのだが。

 目が覚めて魔力を殆ど感じなくてな。これで勘弁してくれ」


「あ、ああ。」


 初めてその光景を見た。

 変な感情が湧き上がって、そこから目が離せない。


「どうした? 生きるには飲まねばならんときもある」


 その、羞恥心を捨ててきた彼女に


「そんなときもある」


 と、だけ呟いて顔を近づけた。








○○○





「あー、もう動けない。

 どうしてくれるのだ。日が暮れてしまったぞ」


 フィニッシュとともに意識が朦朧としてきたので、それに身を任せる。

 

「お腹が、減ったなぁ」


 リシテアのつぶやきが聞こえるが、もう体を動かすのは億劫だ。

 明日でいいだろう。


 

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