逆煌世界ーータイムキーパー
藤乃宮遊
始の章
なんてラノベだよ
山を買った。
特に場所なんて関係がなかった。まず最初に山がほしいと思って、サラリーマン時代の貯金をすべてはたいて、手が出る山を買った。
かなりの秘境で、一度行けば最後。三日はかかる。
車は通らず、獣道。
だが、それでも人間として社会の歯車を回すだけの人生に比べると、どうしようもなく体が軽く思う。
「ここか」
たどり着いた奥地。一軒の家が建っていた。
こんな山奥に、屋敷と見間違うほど大きな、それでいて築何百年も経っていそうだ。蔦が絡まり、扉はガタガタ。
しかし、崩れているわけではないし穴が空いているわけではない。
男一人が暮らしていくには十分だろう。
最初は、ログハウスを建てるまで野宿だろうと思っていたのだ。
「しかし、写真で見るよりも新しい気がするな」
背負っていたバックパックをおろして額の汗を拭った。
一息つこうと、ペットボトルのキャップを開けて水を一口。
水道が通っているわけでもないし、井戸の存在は知っていたが、実はその中に水があるかは知らない。
飲水はその問題が解決するまで無駄遣いをするわけにはいかない。
山を下るだけでも三日は掛かるのだから。
「よし、じゃあまずは中に入ってみるか」
誰も聞いているわけではないが、そう呟いて屋敷の扉へと手をかけた。
がららららら
横に開く扉は、そんな音を立てながら、そんなに力を入れずに開いた。
この屋敷は実は最近のものではないのか? そんな疑問が湧いた。
しかし、どうしてここに家があるのか、どうやって建てたのかも理由を説明してくれる人はいなかった。
一歩。
「誰だ」
首元に突きつけられる冷たく、銀色に光る刃物の感覚。
つい先日も同じような経験をして、逃げるように山を登ったっけ。
「ははは。もう、死んでも思い残すことはないさ」
残業に残業を重ね、チームで勝ち取った研究成果のすべてを掠め取られ、誰からも相手にされることもなかった人生だ。
唯一誇れるとしたら、取られた研究成果が、海外で評価されかなりの研究費の増額を受けたことだけ。しかし、それは俺が評価されたのではないので、俺に一銭たりとも入ってくることもなかった。
「…………お前は、帝国人ではないな」
「帝国? この世界には帝国なんてもうないよ」
人生のすべてを諦めると、何も感じなくなるのか。
悟ったように、今まで喋ることをためらっていた声が出る。
そうだ。今までは、誰ともうまく喋れず、ゲームと会社の研究の行き来するしかなかった。喋らずとも生きて行けたのだ。
それが、会社のチームとも上司ともすれ違い、上手いコミュニケーションなんて取れずに、自分だけが先走り、全てを投げ出してここに来た。
実際、それでも死ぬことだけは躊躇っていたのだろうなと。
首に刃物を充てがわれ、温かい液体が滴っている状況で出した答えだった。
「帝国が、無い? やはり、ここは別世界…………なのか」
「別世界? 異世界転生とか? 転移とか?」
「何を言っている。少し、待て」
か細い声。それだけで判別するならば、少なくとも成人男性では無いだろう。
背後に感じる背丈も、正直自分よりも大きく感じない。
「つまり、お前は私を捉えに来たわけでは、無いのだな」
「そう。ここに人間がいるとは思いもしなかったさ」
「分かった。信じるとしよう」
刃物が離される。しかし、残ったのは生暖かく感じる、流血。
「済まないな。気が立っていたようだ。少し動くな」
手を俺の首元に近づけて【ヒール】と唱えた。
ぱあ。とちょっとだけ光ると、ピリピリした痛みがなくなっていることを感じた。
ポケットからハンカチを出して、血を拭い取ると、そこにあったはずの傷がなかった。信じられないが、この痛みが夢では無いのだったら、「魔法」なのだろう。
そうして、彼、彼女か。背後に立っていた人物が正面に向かい合う。
金属の鎧を身に着けており、かなり歪んでいる。
溶解し、ぼろぼろになっているそれは、胸部が膨らんでいた。
おそらく、女性だろうと思った。
顔全体を覆うヘルムをしており、はっきりそうなのかはわからない。
「私は、聖教会所属の薔薇騎士団第三大隊を任されている、リシテア・ガーランドという」
そう言って、ヘルムを脱ぎ、そこから出てきたのはブロンドの髪をショートカットに切り揃えた碧眼の美少女だった。
「は、ははは。これは、なんてラノベだよ」
力なくそうつぶやくと、彼女は聞き取れなかった、というように小首を傾げた。
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