第三章 三国と父②

「ちょっとあなた,剣の様子見てきてよ.ちょっと遅すぎじゃない?」

「分かった.見てくるよ」

 鋼は男子トイレに行ったが,そこには三国の姿はない..三国はオオムラサキを追いかけて外に出ていってしまったのだ.鋼の顔が青ざめた.

「どうしよう.剣がトイレにいないみたいなんだ」

「どういうこと? トイレに個室にもいないってこと?」

「どうやら,トイレからどこか外に行ってしまったみたいだ.あたりを探そう」

 三国夫妻はあたりを探したが,剣らしき子供は見つけることができなかった.

「玲,そっちの方には剣はいたかい?」

「いや,いなかったそっちは?」

「こっちも同じだよ.どこにも剣は見当たらない」

 そのとき,鋼の携帯が鳴りだした.鋼は携帯を手に取った.対応の仕方からどうやら鋼の会社からの電話らしい.鋼が携帯をポケットにしまって玲に向き合った.

「本当に申し訳ないんだけど......」

「ちょっと待ってよ.今日はなんの用事もいれないって約束したじゃない」

「急なトラブルが起きたんだ.システムがダウンしちゃって」

「どうにかならないの?」

「僕がいかないとダメみたいだ」

「せめて,剣を見つけてから......」

「ごめん」

 そう言って,鋼は下山してしまった.取り残された玲は呆然としながらも剣を探した.そのころの三国はというと,オオムラサキを見失っていた.しかし,三国は道に迷ったわけではない.帰れるように道をちゃんと覚えていたのだ.だから,三国は来た道を辿って店に戻った.三国が店に戻ったのは,鋼が下山してしばらくたってからだった.

 店には玲がいた.玲が三国を見つけると直ちに駆け寄った.

「剣,どこにいってたの」

 例が剣を抱きしめた.

「オオムラサキがいたから,追ってただけだよ」

「もう,勝手にほかのとこ行ったらダメでしょ」

 玲が少し声を荒げた.母親の剣幕に剣は泣き出した.

「ごめんなさい......」

 剣がそういうと,玲は少し落ち着きを取り戻した.

「まあ,遭難しなくてよかった.もう帰ろう」

「お父さんは?」

 玲が目をキッとして剣を見た.剣は何かまずいことを言ってしまったのかと思った.

「父さんはお仕事があるって言ってどっか行っちゃったわ.私たちも帰りましょう」

 帰り道は三国達の間に会話はあまりなかった.玲が鋼が仕事を理由に帰ってしまって不機嫌だったからだ.

「もともとは会社に勤めるって話だったのに,起業するなんかするから......」

 剣は下山直後に母親がボソッといったそのセリフをよく覚えている.

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る