第一章 日常の中の非日常④

 中学校の屋上は思ったより暑かった.白いタイルが太陽光を反射して容赦なく三国とサイに熱を与えていた.

「屋上っていうのはずいぶん暑いんだな」

 サイが言った.

「僕もこんなに屋上が暑いとは思わなかったよ.太陽の照り返しのせいかな.でも,屋上から眺める風景はいいね.校庭で体育の授業をしている人間が見えるし,街も遠くまで見渡せる」

 三国が校庭を指さして言った.校庭では体育着を着た中学生たちが,サッカーをしていた.

「今は授業中なのかな?」

 サイが言った.

「そうだね.授業中.みんな退屈な授業を受けている時間だよ」

「退屈かどうかっていうのは,まだわからないんじゃないのかい? 君はまだ二十年も生きてないんだぜ.後から振り返ってみれば,授業っていうのも面白いものだったと思うかもしれないぜ」

「君みたいに年を取るとそういう考えになるのかもしれないけど,今の僕にとっては退屈以外の何物でもないよ.老人は若者の考えに口を出しがちだよね」

「老人じゃないって,実年齢でもまだ,四十歳にはなってないよ.中年ですらないんだから.人を高齢者扱いしないでくれよ」

 サイは笑って言った.三国もサイが笑ったのを見て笑った.三国の中でサイに対する警戒心が少しだけ解け始めていた.

「それに僕の体は中学生のままなんだ.身体と精神は密接に関わってる.だから,僕は君よりも長く生きてるけど考えていることはそう変わらないよ.考えてることは中学生のままだよ.だから安心していい.君と僕は同級生の友達さ」

 三国とサイが話をしていると,屋上の入り口のドアの鍵が開く音がした.

「誰かくるのか?」

 サイが言った.

「わからない.普段ここの屋上は鍵が閉められていて,生徒は入れないようになってるはず.鍵を持ってるってことは先生かもしれない.どうしよう,見つかったら面倒なことになる」

 三国が少し狼狽して言った.学校をさぼっていたことがバレ,屋上によくわからない中学生と一緒にいたとなれば,ちょっとした騒ぎになってしまう.そうなると面倒なことになるのは明白なことだった.三国はなるべく面倒なことは起こさないようにするたちだった.面倒なことを起こすとその後始末をしなければならない.その後始末が三国にとってはとてつもなく無駄で,つまらないことだと思っていたからだ,

「少しだけ,浮こう.地面から十センチくらいだけ浮けば,普通の人には僕らの姿は見えなくなる」

 サイが言い,三国がそれにうなずいた.三国とサイは十センチくらいだけ浮いて,屋上の入り口から誰が現れるのかを見た.やがて,ドアノブが回転して,屋上の入り口から人影が現れた.

 屋上から現れた人間は,三国やサイと同じ中学生の女子生徒だった.

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