第一章 日常の中の非日常①

 うだるような暑さの中,三国剣は傘付きのベンチに座っていた.三国は今朝,学校に行くといって家を出たものの,歩いて数分でなにか気怠い気持ちになったので,今日は学校をさぼることにしたのだ.平日の昼間に出歩いている中学生は三国以外はいない.平日の昼間に出歩いている人間は主婦か,自営業者,あるいはただの暇人くらいなものだろうな,と三国は思った.三国のクラスメイトは今頃,つまらない授業を聞いて机に落書きでもしているだろう,それに比べて三国は特にやることもないが,公園のベンチに座ってぼんやりと公園を眺めている.それだけで,三国はほかの人が手にできないような自由を手に入れているような気がして,少しばかりの優越感に浸っていた.しかし,そんな優越感は,やがて退屈という感情に吸い取られた.三国は学校から,かかってくるであろう,なぜ休んだのかという尋問電話の答えを考えながら,家に帰ってゲームでもやろうと思って,ベンチから腰を上げた.

 そのとき,三国は公園の真ん中で一人の中学生らしき人物が空を仰ぎ見ていることに気づいた.太陽と反対の方向の青空を見ている.おかしいな,あんなやつは今までこの公園にいなかったはずなんだけどな,と三国は思った.突然現れた少年に三国は興味をそそられた.三国はベンチに腰を下ろし,少年を観察することにした.

 少年は目を閉じた.目を閉じてしばらくすると,少年の体が少し浮いた.見間違いじゃない.確かに浮いていた.三国が驚いている間に少年はどんどんと空高く浮いていき,どこか遠くへ飛んで行ってしまい,見えなくなった.

「驚いたかい?」

 三国は肩に手を置かれて,驚いて振り返った.そこには,先ほど空へ飛んで行った少年が座っていた.

「そんなに驚かないでよ,僕だって驚いてるんだ.普通,僕が空を飛ぶときは人に見えないようになってるんだぜ.でも,君は僕に気が付いてしまったんだ.なんでだか理由は分からないけどね.こんなことはめったに起こらない.今までこんなことはほとんど起こらなかった.僕が空を飛ぶときはいつも一人.誰も僕のことを認識しちゃいないのさ」

「君は幽霊かなにかなのかい?」

 そういうと彼は腹を抱えて笑い出した.この世にこれ以上面白いことはないってくらい,笑い始めた.

「なんだよ.そんなに笑わなくたっていいだろ」

「いや,ごめんごめん.なんか,あんまりにも新鮮な感想だなと思ってさ.僕は幽霊なんかじゃないよ.人間さ.さっき,君の方に手を置いただろう.僕には実体があるんだよ.僕は普通の人間」

「普通の人間は空なんか飛ばないよ.あんなに空高く上がって怖くないの?」

「最初は怖かったかな.でも,そのうち慣れた.補助輪なしの自転車に乗るのと同じ感覚だよ」

「空を飛ぶのってそんなに簡単なものなの?」

 少年はニヤリと笑って,三国を見つめた.

「簡単っていうのとは少し違うかな.飛べる人間と飛べない人間はやっぱり決定的に分かれてる」

「飛べない人間は一生飛べないってこと?」

「そうじゃないよ.なんていうかな.飛べる人間は何かが決定的に欠けてることが多いってことなんだ.だから,今,飛べない人間でも,何かを失うことで飛べるようになったりする.その逆も然り.才能みたいなものじゃなくて一種の状態みたいなものなんだよ」

「そうなんだ.じゃあ僕は飛べる?」

「飛べるさ.飛べる素質がある人間は飛ぶ人間を見れる.その人に欠けているものがなくてもね.でも,そんな人間はほとんどいない.だから,君は非常に珍しいんだ」

 少年は立ち上がって,三国に手を伸ばした.

「試しに飛んでみるかい? 君は気づいてないだけで,空を飛べるよ.飛び方を知らないだけだと思う.だから,僕がてほどきしてあげるよ.ついてきて」

 三国は延ばされた手を取り少年に連れられるまま,公園の中央付近に歩いて行った

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