ツイストティーン

@phaimu

プロローグ 落ちていく君を見ながら

 マキ,君が屋上から地面に落下していくとき君は何を考えていたのかな.あの日は晴天で雲一つない青空が広がっていたね.その日,中学生だった僕は病院に行って学校に遅刻して行った.クラスに入ると,クラスのみんなは体育の授業で校庭に出ていて,クラスには僕一人だった.そのときに僕は自分の席に座って窓から空を見ていたんだ.体育の授業はあと十分くらいで終わるから,もう行く必要もないから暇を持て余してたんだ.それにちょっと疲れてたんだ.ほら,中学生の時期っていうのは無限にパワーが湧いてくるようで,ちょっとしたことで傷つきやすくてその度にちょっと疲れて,でもそんなことすぐに忘れて,ってそんなことの繰り返しだったように思うんだけど,そのときはちょっと傷つくことがあって疲れてるときだったんだ.たまたまね.

 そんなときに,君は屋上から頭を下に落ちてきた.僕がいた教室は四階だったから,直感的にマキはもう死ぬんだ,もうこれから会うことも話すこともないんだって分かったね.そんなことを考えてる僕はひどく冷静で心のない人間のように君は思うのかもしれないけど,仕方ないんだ.それが僕だから.地面に向かっていく君と教室の中にいる僕の目があったとき,僕はひどく恐怖した後に少し安堵したんだ.僕もマキみたいに屋上からさかさまに落ちてしまったらどうしよう.死ぬんじゃなないかって,そう思って最初は怖いっていう感情が来た.その後に僕は椅子に座ってることを思い出して,大丈夫,僕は安全だ.屋上から急に落下することはないんだって,君みたいに命綱も何もないまま落下することはないんだって,安堵したんだ.

 その後だったな,君の瞳を通して僕の心に君の心が乗り移ってきたのは.君の瞳はおびえているでもなく,憤怒に満たされてるでもなく,悲しそうなわけでもなかった.諦観.その二文字かな.僕が君の瞳から受け取った感情は.そのときの君の瞳から伝わってきた諦観っていう感情は今の僕の中にひどくこびりついて離れない.多分死ぬまで忘れないよ.これから何があっても,僕が新しい場所で新しいことを始めても,僕の親が死ぬときも,僕に新しいガールフレンドができるときも,きっと忘れない.忘れられないんだ.僕はさっき君の瞳から諦観っていう感情を読み取ったって言ったけど,本当はそんなもんじゃない.突然,余命が一ヶ月と宣告された,両親が交通事故に会って孤児になった,とか,そういう風な理不尽なことに出くわしたときに出会う感情,とでも言えばいいのかな.どんなに意識しないようにしても,その感情が自分自身の根幹に深く結びついてしまうような強烈な感情が君の瞳から僕の心に刻み込まれたんだ.地面に落下していく君は口を開いて何かを僕に言いたかったんじゃないかな.窓の上から下に君が消えるまでは一瞬だったけど,僕が教室にいるのを確認した瞬間,君の口が動いたのが僕には見えたんだ.そのときに君が何を言おうとしたのか僕には全く見当もつかない.ひどいボーイフレンドだよね.君とは幼稚園も一緒で,お隣さん同士っていう典型的な幼馴染だったのにさ,ほかの人と比べて多くの時間を共有してるっていうのに,そんな人間が死ぬ間際のひとことくらい,口から言葉に出さなくても伝わってほしいもんなのに,僕には君が何を言おうとしていたのか全く分からなかったんだ.君が好きなもの.好きなにおい.好きな食べ物.耳の下にある二つのホクロがコンプレックスで髪を長くして隠してること.君のことについてはずいぶん知っていたと思うんだけど,君が最後に言いたかった言葉は何か分からない.僕は君のことをずいぶん知っているように見えて実は何も知らなかったのかもしれない.近くにいるようでいつも遠くにいたのかもしれない.君が屋上から身を投げて死ぬなんてことは僕には全く分からなかったからね.

 とにかく,そんなことを僕は思いながら,君は僕の視界の上から下に突っ切っていったわけだ.グシャっていう鈍い音がして,それから悲鳴が聞こえた.それ以降のことは語るに値しないことが,連続して起きたとだけ言っておこう.この事件で重要なのはマキが死んだ後の人たちの様子とか,原因の究明とかそんなことじゃない.ただ一人の僕のガールフレンド,マキが僕の目の前で死んでいって,僕が二度と彼女に会えなくなったこと.ただ,それだけだ.

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