第80話 決意ふたたび

 仙千代は、熱を出して寝込み、

信長の館で二泊している間の記憶はほとんど無く、

同じように、

川で溺れて以降も断片的にしか覚えていなかった。


 元気に振る舞ってはいるし、寝坊も寝小便もないが、

仙千代にとっては多くの出来事がこの四か月で起こり過ぎていた。

けして器用な質ではなく、

長閑な海辺の村で多くの姉妹に囲まれて育った仙千代には、

岐阜城での暮らしは世界が異なり過ぎた上、

広小路堅三蔵ひろこうじたてみつくらの事件といい、

先日の水難事故といい、何か事が起きればその都度、

手討ち、放逐という命や生活にかかわる話になって、

神経が休まらなかった。


 何故こんなに次々と事件を起こしてしまうのか……

生きる死ぬの話に陥ってしまうのか……


 生活が大きく変わった上にこれら事件は、

相当な心理負担となっていた。

そこへ加えて、信重に松姫という大切な人が居るとも知って、

小姓の分際で身分違い、勘違いも甚だしいと分かっていながら、

事実上、失恋状態でもある。

 次々起こる様々な出来事は仙千代の処理能力を超えていた。


 こんなことを繰り返していたら、

若殿の傍に居られなくなる!……

それだけは避けなければ!……


 結局のところ、思いはそこへ行き着く。

 

 川で溺れた仙千代を救ってくれた信重までが、

今回謹慎となった。

 本来若殿をお護りする役目の自分が織田家の後継である人物に、

譴責けんせきを受ける羽目に陥らせてしまったこと自体、

いったい何をやっているのかという大失態だった。

 信重の小姓となったことに舞い上がっていた自分に気付き、

浮かれた態度を戒めていたはずなのに、

良かれと思ってしたことで、信重に迷惑をかけてしまった。


 これからはいっそう強い気持ちでお仕えしなければ……

この間の長良川でも、

あんなに慌てて川へ入らなければ良かっただけのこと、

若殿に自分が行くと一声かければ済んだことだった……


 仙千代は日々、小姓仕事を記録している。

今回の水難事故に関しては、記憶している限りを正直に書き、

「主君に救命されるようでは家臣失格、恥である」

と結んだものの、

筆を走らせている最中から恥ずかしさで冷や汗が出た。


 

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