第81話 謹慎明け

 事実上、仙千代は寝込んでいただけだったが、

三日間の謹慎明けの朝は信重の居室の掃除係から始まっていた。

組むのはまたも三郎だった。


 朝餉前の鍛錬は今日は棒術となっていて、

当番の小姓達が樫の棒を持ち、集まっていると、

信重が天守から麓へ下りてきた。


 全員で挨拶をした後、小姓達がそれぞれ準備で散る中、

仙千代と三郎が呼び止められ、まず体調を尋ねられた。

 二人で同様に元気である旨、返答し、

若殿から安堵の言葉を貰うと、やはり二人で恐縮した。


 「仙千代は熱はすっかりないのか?」


 「人並みにはございます」


 「人並みか」


 信重が笑った。

どんなに抑えてもその笑顔を見ると胸がときめく。


 「また碁をやろう。仙千代とやるのが楽しい」


 「宜しかったら折りをみて、お誘いくださいませ」


 と、ここで槍術の師範が現れ、信重は場を去った。

棒術は槍、刀の基本動作に組み込まれていて、

朝餉後の鍛錬が今日は槍術だったので、

今朝の棒術も槍の師範が教える案配なのだった。


 三郎は天守へ続く通路を登りながら、仙千代に詫びた。


 「何故謝る?」


 「儂が落水したばかりに仙千代や若殿を巻き込んだ」


 「三郎のせいじゃない」


 「切っ掛けを作ってしまった」


 「夏の間に泳げるようになればいい」


 三郎が「へえ」という顔をした。


 「何か?」


 「若殿と同じことを言う」


 「若殿と?」


 「詫びたら同じことを仰った。

秋には泳げるようになっておけと」


 「誰もが言う」


 「そうかな。二人は似てる気がした」


 「そんな。畏れ多い」


 「うーん……そうだな。確かに」


 とはいえ、そのように言われて不快ではなかった。

儀長城で名も知らぬ人として話した時も自然と打ち解けて、

気兼ねなく心の内を晒し、

信重もそれを受け止めてくれていた。


 いや、でも自惚れに繋がってはいけない、

あくまで世辞と思って気を引き締めていかなければ、

また失態を犯すに違いない……


 先ほども仙千代や三郎に恨みがましいことを一切口にせず、

二人の体調を案じてくれた上、

仙千代に対しては、碁に誘ってくれて、

しかも、仙千代とする対局が楽しいとまで言ってくれた。

 その一言の嬉しさだけで、今日一日、いや、

あと三日や四日は心を躍らせ、暮らしていける。


 仙千代は信重にしっかり仕え、

命を助けられた恩を一生かけて返していこうと心から思った。


 



 





 


 


 

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