第79話 交換条件(2)
元服したからにはいずれ、それはせねばならない。
松姫のことが頭にあって元服の時は断ってしまったが、
そうは引き延ばせも出来ないと分かってはいた。
今回それで沙汰が軽くなる、または無くなるのなら、
積極的にしたいわけではないが、いずれ何ほどでもないことだった。
「母上様、そこから先はもう」
「では進めて参ります故、
母に御一任ということで宜しいか?」
「お任せ致します」
「今日の落水事件が若殿がお考えになる範囲で
決着を見たならば、初陣までに必ずということで」
「はい」
「あ、ひとつだけ、お尋ねを」
「どうぞ」
「御顔の好みは?」
「
顔は付いておれば結構でございます」
「やはり、若殿。潔くていらっしゃる」
「でしょうかね」
「ええ、そうですとも」
鷺山殿が上機嫌で信重は、
どのみち、初陣までには終えておこうと思っていた……
と気持ちに区切りをつける一方、
その前に仙千代と絶対に結ばれる!……
とも決めていた。
信重の思いとしては、生涯初の相手は慕い合う人が良かった。
というよりも、それが自然だと考えていた。
「母上様、添い臥しは何度ほどお受けすれば良いのです?」
「御相手を若殿がお気に召し、
側室となさるならなさっても構いませぬ。
何なら複数の御相手を御用意致します」
「決まった形式はないと受け止めますが宜しいですか」
「あら。何やら上手く丸め込まれたような」
「左様なことはございません」
母は微苦笑していた。
「今日はこれにて。もう休みます。少々くたびれました」
仙千代と雪解け水に流され、心身共に困憊の極みだった。
「若殿、あとひとつ」
「はい」
「仙千代に惹かれていらっしゃるのですか」
答えに窮した。しかし、即座に頷いた。
気付いていなければ、この人がそれを口にするはずがなかった。
「それが何か?」
「子は女に産ませ、
色恋は小姓とせよという御家もあると聞きます。
織田家の有力家臣も殿の御小姓出身が少なくはない。
ただ、……」
「ただ?」
「常に御自分を第一に。
御自分をお忘れになることがありませぬように。
織田家の後継であるという御身分を今日以降、
お忘れになることがありませぬように」
確かに今日は仙千代が溺れる姿に一切が飛んでしまい、
何もかも忘れ、川へ入ってしまった。
母は、そんな嫡男を案じているに違いなかった。
「省察し、胸内に畳み込みます」
「殿と若殿が力を合わせ新たな天下をお築きになる。
それが母の願いなのです。
殿には若殿は、かけがえのない御方。
あのような御性格の殿ではあられるが、
若殿のご成長を誰よりも願っておられる。
けして器用な御仁ではなくていらっしゃる故、
御不快なこともおありでしょうが、
若殿には殿を今後いっそう、お支えいただかなければ」
仙千代と何の関係があるのかと理解に苦しんだが、
父にとっては天下布武の総仕上げの段階に入りつつあり、
信重が元服を迎え、初陣も近いということで、
母が注意を与えたのだと信重は思った。
以上が、水難事件の午後、
天守の茶室でのやり取りだった。
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