第77話 手紙

 信重は松姫に手紙ふみ認めてしたためていた。

表向き、謹慎中とし、天守の自室にこもって、

今日で三日目だった。

 最初の二日間は指南書を片手に碁を打ったり、

本を読んだりして過ごしたが、

そういえば松姫からの手紙に返事を出していないと思い、

筆を取ったのだった。


 このところ、何時からか、

松姫に手紙を認めることが明らかに減っていた。

 前はあれほど慕っていたのに、いや、今も慕っているが、

仙千代と過ごすひと時が増えるに従い、

松姫が遠ざかり、一小姓のはずだった仙千代の存在が増し、

今や占める位置が入れ替わってしまった。


 なかなか書き進められない。

身辺の印象的な出来事を記そうとすると必ず仙千代が登場してくる。

やたら仙千代、仙千代で、流石に姫に申し訳なかった。

かといって今までのような熱い思いを吐露する文面にもならず、

いったい何を書けば良いのか、溜め息ばかり、こぼれた。


 三郎落水事件というべきか、仙千代水難事件というべきか、

信重監督不行き届き事件というべきか、

とにかくこの件で、信重は養母はは、鷺山殿と事件当日話し合い、

三日間の謹慎という体裁をまず、とった。

この三日の間は当事者同士は会わず、

もちろん手紙や伝言でのやり取りも無しということで、

三人は過ごしている。仙千代の病状だけは心配したが、

疲労と風邪ということで、複数の医師と小姓達に看させていた。

 母が仙千代には殿の私的な館を使わせると言った時には、

正直、違和感を抱いたが、

小姓達の宿舎や医師が詰めている邸に近いと思い、

今まで無かったことではあるが、

それはそれで合理だと思うようにした。


 


 





 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る