第72話 兄弟舟(2)

 舟には仙千代の衣類が用意してあって、

着物は万見家が持たせたものだった。


 兄の彦七郎がまずは一人で漕ぎ出し、岸へ向かう。

小さな舟ではあるが、

主屋形……四方が囲われていて屋根がある船室……

が設けられていて、そちらへ朦朧としている仙千代を、

信重、彦八郎、三郎で運び、横たわらせた。

 

 仙千代の濡れた下帯を彦八郎が解き、全裸にすると、

三郎が着物を着せようとした。


 「仙千代ぉ、今もう温かくなるからな。おーい」


 彦八郎が仙千代の耳に顔を寄せ、声を掛ける。


 「ちっとも起きん。おーい!」


 彦八郎は仙千代の項垂れてうなだれている陽物を握ると、

亀頭を引っ張った。

 信重の中で悲鳴が上がった。


 儂より先に触った!儂の仙千代に……

 これは海辺の村の習俗なのか?……

 ああっ、仙千代のそこに儂より先に彦八郎が!……


 三郎は大笑いしている。

信重はといえば、一瞬にして涙目になった。

顔がカッと熱くなり思考が飛んで、彦八郎を殴るだけでは足りず、

生涯初の手討ちにすらしたくなる。

 しかし耐えるしかない。

仙千代と彦八郎は幼馴染で、彦八郎に他意がないのは明白だった。


 「彦八郎、仙千代の少し大きめ?」


 「あっ、ほんとだ。顔に合わず意外にも」


 「何か面白くないな」


 「精通を迎えたと先日偉そうに言っておったから、

それを口にすること自体、子供だと教えてやったわ」


 「えっ!彦八郎、セイツウって何じゃ?

セイツウ……迎える……それは威張りたくなるものなのか?

元服式は知っとるが……セイツウ式もあるのか?」


 二人の会話に信重は、


 「早く着せてやれ!他人ひとの局所で遊ぶな!

いや、彦八郎は外へ出よ!戻るなよ、いいな!」


 と言った。


 「ははっ。そりゃ兄様一人で漕がせておくわけにはいかず。

畏まりましてございまするー」


 日ごろ大きな声を出すことのない信重が叫ぶように命じたせいか、

怪訝そうな顔のまま、彦八郎は出て行った。

 

 先ほどまで、中州に二人きりで居た間、

いくらでも仙千代に触れることはできたのに、

そうしなかったのは信重自身の持つ感覚だった。

生死を彷徨い、憔悴し切った仙千代を弄ぶような気がして、

口づけさえもできないでいた。

 そのくせ、仙千代に精通があったという話を聞くだけで、

股間が疼いてしまう。

 仙千代への恋慕に気付いたからには、何もかもが魅惑的に映り、

ちょっとした仕草や表情が、

本人は媚など売っていなくとも、蠱惑的に思われて、

例えば今も、少し眉を顰めひそめ、唇が微かに開いているだけで、

両手で頬を包み、口を吸いたくなってしまう。

 

 今までは手淫の時に思う相手は、

姿も知らぬ松姫だったが……顔から下は、かなり前に、

御典医から渡された女体や男女の和合に関する図解付き書籍

で想像を補った……今は、仙千代の果物のような、

あの可愛らしい性器が白い粘液を放つ様を想像し、

疲れ切っているはずなのに信重の陰茎は硬さ、大きさを変えた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る