第26話 岐阜城

 岐阜城の歴代城主の館は山の西麓にある槻谷けやきだににあり、

信長が岐阜に入城する際、大規模改修をして、

豪華壮麗な居館となっていた。

 瓦が金箔で、眩くて目も開けられないとはこのことだった。

 住まいとして城主とその一家は山頂の天守に住み、

日ごろの執務や謁見は公居館で行われていたが、

他にも政務を執り行う屋敷が幾つかあった。

 

 信長は槻谷を流れる谷川の両側に段々地形を造り庭園にすると、

満々たる水を湛えた池、岩壁を流れ落ちる二本の滝、

凝った造りの東屋を配し、

大名、諸将、公卿、伴天連人等、多くを招き、

庭園を望む迎賓館で、饗応接待をした。

 居館の近くには有力家臣の屋敷群もあって、

それはまたそれで、たいそう立派なものだった。


 仙千代も彦七郎達兄弟も、見たこともない華やかな建物、

自然を生かしつつも凝りに凝った城郭内の奇観景観に呆気に取られ、

感嘆し、別世界に来てしまったという思いから、

口にせずとも、脚が震える思いは共通だった。

 本当にここで自分がこれから勤めをするのか、

出来るのか、仙千代は身がすくんだ。

 つい昨日まで海辺の家で畑仕事を手伝ったり、

冬の田んぼで凧揚げをしていた自分が、

この絢爛豪華な絵巻の一片として果たしてはまるのか、

いや、似合わないのではないかと気後れしかなかった。


 信長がちょうど公居館に居るということで、

小姓となる三人と父親二人、彦七郎達の長兄が、

拝謁を賜った。


 信長は儀長城の時と同様、機嫌が良く、

ひとしきり大人同士の話を済ませると、仙千代達に、


 「そうじゃ、三人はこれから若殿の小姓となるのであるから、

若殿もお呼びしよう」


 と言い、近習の者に、


 「若殿をお連れせよ」


 と命じた。

 先ほどまで、

この豪奢な世界の何処に身を置けば良いのかと案じていたくせ、

いざ、若殿という言葉を聞くと、

早く奇妙丸のあの優し気な眼差しに触れたい、

あたたかな声を聴きたいと他のことは霧散した。


 本当にお目にかかることができるのだろうか……

 夢ではないのか、いや、夢でも良い、お会いできるなら……


 と、仙千代は目の前の信長という城主のことは消し飛んで、

奇妙丸のことばかりを考えた。



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