第25話 旅立ち(2)

 仙千代が、岐阜へ出立した一月下旬の朝は月が煌々と輝き、

空の色はまだ漆黒に近かった。

 鯏浦うぐいうらから岐阜城までおよそ十里で、

途中の休憩を考えると半日の旅程だった。

 

 先に城へは書状を送り、

この日に仙千代、彦七郎、彦八郎が揃って向かうと連絡が済んでいた。

 三人の父親、彦七郎達の長兄、

あとは二つの家の使用人各一名が付き添った。

 それぞれの父親二人が馬上の人で、他は徒歩だった。


 海浜部の鯏浦から津島を経て北上し、

木曽川が大きく蛇行したところで、木曽川、揖斐川を渡り、

岐阜の城へ向かう。


 途中、朝まだきの津島神社で参拝した。

除疫、授福の神、牛頭天王信仰の総本社、津島社は、

津島の支配を重要視した織田家が氏神と仰いで造営その他に協力し、

津島神社の神紋は織田家と同じ、木瓜紋だった。

津島社は民衆から「津島さん」「天王さん」と呼ばれ、

親しまれていて、仙千代も何度も参詣や湊の町での買い物に

家族と共に行っていた。


 陽が射してくると、冷えて澄み切った大気の向こうに、

北は伊吹山、御嶽山、西は今から目指す美濃の山々が望まれた。

夏は山肌を晒すそれらの峰々も、今は白銀に輝いて、

角度によって陽の光で真っ赤に染まった。


 木曽川堤までが尾張だった。

この辺りまでは仙千代も彦七郎兄弟も興奮し、

あれこれ話が弾んだが、揖斐川を越え、

美濃の地に降り立つと、徐々に口数が減った。


 初めてやって来た美濃の地は、

西尾張の南部で育った三人には寒さの質が違っていた。

伊吹山からの冷風が吹きすさぶ冬の尾張だが、

止みさえすれば温暖だった。

 揖斐川を越えた途端、

毛穴ひとつひとつに冷気が食い込んできて、

話に聞いたことのある氷室というものは、

このような冷たさなのだろうかと仙千代は思った。


 慣れない寒さと緊張で言葉少なに進んでいく。


 岐阜の城が見えてきた。

 百々ヶ峰どどがみね、池田山を従えて、自然の要害、稲葉山に聳え立っている。

尾張に向いた東以外は三方が山で、木曽山脈、養老山地、大日岳、

能郷白山、菰野山等など、いつも遥か遠くに見ていた山々が

大きく迫り、慣れない仙千代ははじめ、圧迫を覚えるほどで、

中でも、京への道程にある伊吹山の雄姿は圧巻だった。


 「あっ、虹だ!二本も!」


 彦八郎が叫んだ。 


 長良川を背にした岐阜城の空に七色の橋が二つ、かかっていた。

青空の所々に時雨雲が出て、雨が陽の光を浴びると、

冬季にはよく虹が出る。

 その虹も巨大に近く感じられ、ここはもう尾張ではないのだ、

身を立て、万見の人々に恩を返す時が来のだと、

仙千代は気を引き締め、城を見上げた。


 

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