第15話 謁見の間(2)

 奇妙丸が父に苛立ちを覚えるようになった最初のきっかけは、

去年秋、長島一揆衆に攻められ、

父が特に可愛がっていた弟、叔父の信興が、

小木江こきえ城で自害、家臣八十人も城内で殉死という悲惨な敗退をし、

気落ちしていた父を慰めようと、

兄弟で田楽能の舞いを披露した時だった。

 織田軍は比叡山と対峙し、

その隙に乗じた長島一揆衆が小木江城を攻撃、

六日間耐えたものの、若き叔父は最期を迎えた。

 援軍を送ることができなかった父の嘆きは深く、

年の瀬に六角家、浅井家、朝倉家と和睦が成っても顔色は冴えなかった。

 

 奇妙丸にとって父は大いに威圧的で独尊の人ではあったが、

崇敬の念が揺らいだことはなかった。

 後継である奇妙丸は他の兄弟とあらゆる面で別の待遇となっていて、

その分、父と過ごす時間が多かった。

長所と欠点が根を同じくした性格は非常に強烈で、

自分の中にも父と同じ血が流れているとは思われないほど、

極端なところがあると見ていたが、敬う気持ちに変わりはなかった。


 共に育った兄弟三人で父の為、

亡き叔父の魂が浄土で迎えられたという内容の詞曲を作り、

舞って見せた。

何分にも子供のすることで、

今にして思えば稚拙で短い詞曲だったが、

日ごろ通常の兄弟付き合いを禁じられている三人が集まって、

鳩首協議で創作したり、舞いの稽古をすることは、

楽しいことだった。


 父は最後まで観てはくれた。だが、良い顏はしなかった。

武家の男子が猿楽にうつつを抜かすとは感心せぬ、

しかも詞曲を創るまでするとは言語道断、

その上、兄も弟もなく共に舞うとは何事と叱責を食らった。

 

 父を慕う思いを理解されず、すべてに於いて否定され、

もちろん奇妙丸も悲しく悔しかったが、弟達は泣いていた。

可哀想なことをしてしまったと弟達を誘った自分を責めもした。

 父は、自分も幸若舞を好み、何かの折には敦盛を演じる。

自分達兄弟が猿楽を舞うことといったい何が違うのか。

あくまで父を慰めようとしたことだった。

弟達に申し訳がなく、べそをかいている姿が気の毒で、

奇妙丸が反論をしても、答えらしい答えは返らず、

そのまま不機嫌そうに行ってしまった。

 その後は何もなかったようにケロッとしている。

こちらは傷付き、悲しい思いをさせられたのにと思うと、

傲岸さがいっそう憎らしかった。







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