第11話 菩薩の子(1)

 この数日、信長は、清洲城に嫡男、奇妙丸を伴い滞在していた。

来たる新年早々、奇妙丸を含む兄弟三人を元服させる予定になっていて、

いずれ奇妙丸は織田家当主となる身、日ごろ住む岐阜のみならず、

尾張の情勢も実地で総覧させるべく、連れて出掛けたのだった。


 十四才の奇妙丸は、野生児として奔放に暮らした信長から見ると、

京の貴公子かと思わせられるような雰囲気、感覚を持っていて、

武家の総帥としての適性に父としては時折不安を抱くのだが、

家督相続で辛酸をなめ尽くした経験から、

奇妙丸以外に後継を譲るつもりはまったくなく、

文武の超一級の師範を招いて学ばせ、一切の雑事をさせず、

些末なことではあるが、

近くの物も遠くの者に取らせるという別格の待遇を与え、育てた。

 弟達には兄を主君だと思って接し、

努々ゆめゆめ兄弟だと思ってはならぬと命じ、万一、

一線を越えた態度が見られた際には誰が原因であれ、

兄弟全員に厳しく叱責をした。


 奇妙丸は兄弟の中でもとりわけ物静かで穏やかな性格だった。

周囲は文武に秀で、思慮深く沈着、公平無私で頼もしいと世辞を言うが、

父から見た嫡男は枠の中に収まって、

敷かれた軌道の上をただ歩いているように見え、物足りなかった。

 

 ただ、そんな奇妙丸も、ようやく遅れ馳せの反抗期か、

父が何かを尋ねても短い返答をするかしないか、

口数が減り、平気で仏頂面を見せ、

どうかするとプイッと姿を消し、従者達を困らせたりする。

 自分が若い時代にやってきた行状を思えば奇妙丸の反抗は

可愛いもので、度々息子の不敵な態度に接しても、

自立心の芽生えとして受け止め、

その程度のことであれば、父としては歓迎でさえあった。


 信長と奇妙丸は清洲城から二手に分かれ、出立した。

支配地内の道程であるから危険は考えられないが、

万一の上にも万一を慮ってのことだった。

 二人同時に難が降りかかれば織田家滅亡の引き金になりかねず、

信長は常から用心していた。


 朝、出発前に、儀長城主、橋本伊賀守いがのかみ道一からの使者が来て、

本日、大規模な餅つきを催す予定ということで、

美濃への帰路の途中でもあり、休憩がてら、寄ることになった。

 

 奇妙丸は先発で、行かせてあった。

 儀長城で落ち合おうと言うと、

このようなどうでもいいことであっても、

いちいち不機嫌な顔をして、最低限の返事しかしない。

 何が面白くないのか、いや、面白い面白くないは関係なく、

何もかもに苛立ち、抗う心理を抱くのが反抗期なのだと、

信長は半ば、微笑ましいような気持で見ていた。

 この朝も、そのような態度をとれば他の者なら許しはしないが、

奇妙丸は特段に厳しく育てた反面、無二の存在で、

生まれたその日から格別の愛情を注いできたことに間違いはなく、

成長の一過程にある総領息子の小さな反抗は、

今まで大人し過ぎると見ていただけに却って安堵をもたらした。












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