第10話 拝謁(2)

 鬼か般若か魔王かと、

気難しくも猛々しい人物を想像していた仙千代は、

むしろ茫洋たる雰囲気を漂わせているこの人がまさか、

織田軍の総帥にして、この地の統治者だとはおよそ思われなかった。

 今年五才の妹を父が可愛がる時、

今の信長のような顔をしていて、

喉はからから、声もろくに発せられない、

そんな仙千代を宥めるなだめるような表情にも映った。


 それでも生殺与奪の全権を持つ絶対権力者を前に、

目のやりどころもなく、信長を見るともなく見ていると、


 「寛いで安座にせよ」


 と笑顔で声がかかった。やはり、優しい物言いだった。

 安座とは最も楽な座し方で、

脚を前後にして座るため安定感がある。


 竹丸が少し振り返り気味になり、


 「仰せの通りに。特別な御計らいである」


 と仙千代を助けた。

竹丸が居てくれることで何とか意識を保っていられる。


 仙千代父子を知る伊賀守が信長に、

万見の本家が鯏浦うぐいうら神子田みこだ家当主の正室の縁戚であること、

仙千代の父は万見家の二男であること、

仙千代が唯一の男子で養子であることを話した。


 「父君の期待の子であるな」


 と、信長。

 

 「滅相もございません」


 なのか、


 「恐れ入ります」


 なのか、

 いや、他にもっとふさわしい答えがあるの分からず黙していると、


 「恐れながら」


 と、またも竹丸。


 「申せ」


 「ははっ!この者は非常に覚えが良く、また書に秀でております」


 竹丸が助け船を出してはくれたが、

褒め過ぎではないかと面映ゆく、顔が赤らんだ。


 「竹丸は仙千代を知っておるのか」


 ここで初めて信長から「仙千代」と呼ばれた。

 名は既に記憶しているらしい。

 とはいえ未だ、呼ばれた理由を知らされてはいない。


 「はい。数年前よりたまさか共に遊びましてございます」


 この時の信長が竹丸を一瞬、

今までとは違う眼差しで見たことに仙千代は気付いた。

眼の奥がキラッと光って、

好々爺という年齢まではいかないにせよ、

柔和を絵にしたような先ほどまでの人物像と程遠い、

非常な鋭利さを感じさせ、

その鋭さは触れた者を瞬殺するかのようだった。


 仙千代は信長の本質に触れたと思考の外で意識した。

鬼でも般若でも魔王でもない、それは間違いない。

 しかし、それだけでは済まされない、

純であるが故の凄まじさのようなものがあった。


 伊賀守が加わった。


 「こちらへ来ると、砲術をかじるような真似をしておるようで、

まぁ、まだ童子です故、一人では撃てませぬが、

竹丸殿が言われるように覚えが良く、末が楽しみでございます」


 伊賀守が自分をそのように見ていたことは驚きだったが、

尚も驚いたのは、これほどの人物が一小姓に過ぎない、

若輩の竹丸に敬称を付けたことだった。

 それにより、信長の威光が推し量られた。


 「ところで、呼び立てたのは……」


 仙千代の胸に去来していた謎、

何故ここに自分が呼ばれたかということが、

ようやく信長の口の端に上がった。



 

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