第9話 拝謁(1)

 南北朝時代からの豪族にして、

若き日の信長が自ら教えを乞うて砲術を習った橋本一巴いっぱの嫡男、

橋本伊賀守いがのかみ道一の居城、儀長城の謁見の間は、

城全体の趣と同じく、敢えて煌びやかさを排した豪壮なものだった。

 装飾は襖絵程度で、

上段の間と下段の間を仕切る花鳥の欄間が一番の見せ場となっている。

木曽川流域の城だけはあり、ふんだんに使われた木曽檜の香りが、

清々しいことこの上ない。


 上段の間に信長、下段の間の上座に伊賀守が居て、

室内は竹丸、仙千代と、四人だけだった。

 ずらっとお付きの者達が居並ぶと思っていた仙千代は意外だったが、

かといって張り詰めた神経が緩んだわけではなく、

変わらず全身がカチカチだった。

 失態をして家族に迷惑をかけてはならない、

万見家の恥になってはならないという思いが全身を硬直させる。


 許しを得たあと、膝行しっこうで下座に行くと深く平伏した。

竹丸は仙千代より上席に居る。


 「万見仙千代、連れてまいりました」


 竹丸が落ち着いた声で発する。

 極度の緊張の中に居る仙千代は檜床の柾目ばかりを見詰め、

今では目すらも乾いて瞬きさえも難しかった。


 まだ岐阜の殿の「御尊顔」は拝していなかった。

部屋に入る時も上段の間の主は礼儀上、視界から意識して外していた。

 

 「おもてを上げよ」


 聞き知った伊賀守の声ではなかった。

滑舌の良い明快な調子で命じた人が信長なのだと知れる。


 父の主君……いや、この尾張と美濃の支配者への拝謁で、

最上級の礼を尽くさねばならない状況だった。

 特別畏まる場面では、「面を……」と言われたからと、

直ちに顔を上げることは許されないと母から教わっていた。

恐れ入って中々従うことができず、

こうべを上げたくても上げることが難しいという所作が

礼に適ったものだということだった。


 仙千代が作法にこだわって、


 「ははッ」


 と何とか応じたものの、未だ顔を上げずにいると、

伊賀守が笑いながら声をかけてきた。


 「そこまで硬くならずとも。身が鉄板のようじゃ。

御言葉通り、面を上げよ」


 伊賀守の父、信長の砲術師範であった一巴は、

信長が尾張統一を果たした戦い、浮野合戦で、

鉄砲対弓の対決をし、相討ちとなり、亡くなった。

信長は一巴の死を悼むと同時、

残された息子二人に厚い処遇を施し、親しく交わっていた。


 「ははっ」


 はっきりと返事したつもりが意外に小さな響きで、

我ながら情けない。


 顔を上げ、ゆっくり視線を上段に向けると、

穏やかな表情をした父ほどの年齢だと思われる人が居て、

それが信長だった。
















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