第8話 御呼

 仙千代はフッと思い付き、

城での暮らしはどういうものか訊いてみた。


 「習うより慣れろ、かな。

何にでも良い面と逆の面がある。合わさって一つだ」


 しばらく会わない間に竹丸が大人びた口調を覚えたことに驚くと同時、

ちょっとした焦燥も感じた。

 この情けない状態の自分と、

日々成長しているかに見える竹丸では天と地ほども違うように思われた。


 仙千代は竹丸に、

矢合観音で知らない男が走り寄ってきたことをさらっと話した。


 「仙は美しいから」


 「何じゃ、そりゃ」


 「気を付けよということじゃ。神隠しに遭うかもしれぬぞ。

神は麗しいものを欲される」

 

 久々に会ったせいなのか、妙なことばかり口にする竹丸に、


 「城では洒落た物言いをせねばならんのだなあ」


 と冗談を返すと竹丸は笑って見せたが、その表情は、

仙千代が記憶している竹丸のかつての笑顔とどこか違っていた。


 儀長城に戻ると、竹丸が着物を借りてきてくれた。


 彦七郎も、


 「流石、竹丸。機転がきく。

こちらは着物を借りるとは思い浮かばず。さぁ、仙も働け働け」


 と、喜んだ。

 彦八郎も汗びっしょりになって杵を突いている。

 

 仙千代は竹丸に誘われ、奥へ蒸したもち米を取りに行った。

 厨房では盛んに人が行き来して皆が忙しそうに立ち働いている。

 もち米を受け取るために待っていると、

若い侍に竹丸が呼ばれ、戻ってくると仙千代に、


 「殿がお呼びじゃ」


 と、言った。竹丸の表情に驚きが見て取れる。

仙千代は、尚、驚いている。


 「殿とは……岐阜の殿様か?」


 橋本様なら竹丸を通す必要はない。


 「今一度、身なりを整えて、顔も手も足も洗え」


 「何だろう?何かしでかしたかな……」


 「さあな。ここで何を言っても始まらぬ。

殿の御心は殿のみぞ知る、だ」


 竹丸は御女中に湯を用意させると、

何故呼ばれたか分からずぼうっとしている仙千代の髪や着物を直し、

座らせるとたらいに足を浸けさせ、洗って拭くまでしてくれた。


 「さあ、行くぞ」


 身綺麗になった仙千代は、

世話をしてくれた礼を言い、詫びもした。


 「何で謝る」


 「驚き過ぎて何も手につかなかった。つい、甘えた」


 「貸しにしておく。いつか何かで返してもらう」


 面倒見の良い竹丸に感謝しかなかった。

 

 仙千代は竹丸の先導で謁見の間に向かった。

 この城に幾度も来ている仙千代ながら御殿に上がったことはなかった。

父と来た時はいつも城内の屋外で待つか、

父が懇意の御家来衆が居れば相手をしてもらったが、

そういう時は別棟だった。

 

 仙千代は如何なる理由で呼ばれたか、

いくら想像しても答えが見付からず、

一方で、比叡山焼き討ちの話を思い出し、

そのような人物に身近で仕える竹丸は、

恐怖を感じないのかと不思議な気がした。


 竹丸は元来が折り目正しい居住まいで、

やはり重臣の子は違うと仙千代は見ていたが、

今は一段と洗練されて、一年前の竹丸と相当異なっていた。


 「竹、何と御挨拶すれば良いのか分からぬ」


 声も足も緊張で震える。実は怖さもある。

何か失礼をしでかしでもすれば手討ち、

または父に迷惑がかかるのではないかと心配でたまらない。


 「殿自らお呼びになられたのじゃ、

御用の向きは殿が仰せになられるであろう。悩まずとも良い」


 ますます竹丸が頼もしく思われた。

 仙千代は緊張で喉がからからだった。


 謁見の間に着くと、若い侍数人が廊下に居て、竹丸を認めると、

その内の一人が障子の向こうに二人が来たことを知らせた。


 竹丸によって薄い和紙が張られた障子が開けられると、

謁見の間の上段に岐阜の殿こと、織田信長が居た。


 



 





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