第84話 チェイス

 そんな感じで深夜に朱里ちゃんとゲーセンで練習するという生活が、しばらくの間続いたんだ。


 ほぼ毎日深夜にアイドルと密会する、なんてシチュエーションは全オタクが夢に見る光景だろうが……特別俺は緊張などはしなかった。だって朱里ちゃんはもうすっかり俺の仲間だし……そもそも普段の朱里ちゃんをあかりんとしては見てないからね。


 まぁそれとは別に、ドキドキすることは多かったけどね……めちゃくちゃ運動するから。でも皆様ご存じのつり橋効果というモノで、このドキドキを恋愛感情のドキドキへと変えることだって可能なのだ。


 要するに何が言いたいのかと言うと……この深夜の練習を重ねる度に、朱里ちゃんが俺のことを好きになってくれる確率が上がる、ということなのだ。


 ……ま、まぁ! それはサブミッションみたいなものだから、そんなにガチで狙っている訳じゃないからな!! メインミッションは大会で優勝することだからな!!


 ……そんな訳で俺達はしっかりと振り付けを覚えて、ダンスのキレを上げる為に何度も練習したのだ。それで朱里ちゃんのしっかりした指導もあったお蔭か、順調にダンスのクオリティを上げるのことに成功したんだ。


 ────


 そして大会一週間前。


「……ふぅー。まぁまぁ様になってきたんじゃないかな?」


「様も様だよ。ほぼ完璧に近いよ」


 今日も今日とてダンスの練習をしていた。


 今回のゲームのスコアはお互いに99点を超えていて、間違いなく大会参加プレイヤーの中では上位に食い込むだろう。それに朱里ちゃんがデザインした振り付けだってあるから……きっと負けることはないだろうな。


「あはは、でも油断は禁物だよー?」


 朱里ちゃんはそう言ってタオルを首にかけ、さっき買ったであろうジュースを口にした。どこかの清涼飲料水のCMにでも出れそうな、爽やかっぷりである。


「別に油断してる訳じゃないよ……それじゃあ今日はこの辺で終わろうか」


「分かったー」


 そしてこの辺りで練習を切り上げ、いざ寮へと帰ろうとした時……


「……ん? 修一、何か人影が見えたような……?」


 朱里ちゃんがそんなことを口にしたのだ。


「えっ? この場には俺達しかいないはずでしょ?」


「そうだけど……でも見えた気がしたんだよ!」


「いやいや、まさか……」


 流石に朱里ちゃんの見間違えなんじゃないかと思っていたのだが……


『ガタン』


「なっ!?」


 次は俺にもはっきりと物音が聞こえたんだ。


「だっ、誰だっ!?」


「修一、追おう!」


 いち早くスイッチの入った朱里ちゃんは、物音のした方へと駆けだしたんだ。俺も同じように、謎の人物を追う朱里ちゃんを追いかける。


 走りつつ、俺は思考を続ける……一体誰がこんな所に? 生徒会の連中が偵察に来たのか? それともこの情報を掴んだオタクが、朱里ちゃんに会いに来たのか? それともゴシップ記事を掴みに来た新聞部的な奴らか?


 ……駄目だ。無数に可能性が考えられる。ならここはしっかり捕まえて、正体を暴いてやらなきゃならない。こいつを逃す訳にはいかないんだ……!!


「どこに行った!?」


「修一、クレーンゲームの方!」


 ここで朱里ちゃんと横に並んで、謎の影を追う。暗くてロクに周りが見えないけれど足音、そして気配でなんとなく位置は把握出来るんだ。クレーンゲームの筐体が置かれた狭い道を抜けて抜けて、必死に追いかける。


 それで奴は追いつかれるのは時間の問題かと思ったのか……


『ゴッガラガッシャーン!!!!』


 先の方で爆音を鳴らしたんだ。それが自販機の横にあるゴミ箱をぶちまけた時の音だと気付くまでに、俺は相当な時間を要した。


「修一あっち! 階段を下ったよ!!」


 そう言って朱里ちゃんは音の鳴った階段の方へと駆けて行ったのだが……


「ダメだっ!! 危ないよ、朱里ちゃん!!」


 当然、散らされたゴミ箱からは缶やペットボトル転がって、階段の元へまで流れ着いてきてるはず。それにこんな真っ暗で足元が見えない中で、しかも急いだ状態で階段を下るなんて危険すぎる!!


 そんな意味を込めて俺は言ったのだけど、流石にそこまで伝わらなかったらしく……朱里ちゃんは階段を下って、奴を追いかけて行ったんだ。どうか無事であることを願いつつ、俺はゆっくりと階段を下っていると……


「きゃぁあぁっ!!?」


 朱里ちゃんの悲鳴が聞こえたんだ。


「あっ……朱里ちゃん!!!?」


 足元に注意を払いつつも急いで、その声の元へと駆けると朱里ちゃんが階段で倒れていたんだ。足元にはいくつも空き缶が転がっていて……クソっ、俺の予想していた最悪なことが起こってしまったようだ。


 そして俺が駆けつけて来たのに気付いた朱里ちゃんは、力なく。


「わ、私のことはいいから……早く追いかけて。逃げられちゃうよ」


「……」


 このまま朱里ちゃんの傍にいるか、奴を追うか……こんな選択肢に一瞬だけでも悩みを見せてしまった、自分を思いっきりぶん殴りたくなったよ。


「馬鹿言わないでくれ!! 俺は朱里ちゃんの方が絶対に大切だ!!」


「……!」


「早くここから出よう……大丈夫、立てる?」


 俺は朱里ちゃんに尋ねる。そしたら彼女は弱々しく笑って。


「あはは……それが足くじいちゃったみたいで、立てないんだよね」


「ええっ!? ヤバいじゃん!!」


「うんヤバイ。超痛い」


「じゃあもっと痛そうにしてよ!!」


 そして俺は背中を向け、しゃがんで。


「とりあえず頑張って俺に掴んでくれ! 病院に連れてくから!」


 そう言ったんだ。そしたら朱里ちゃんはちょっとだけ考えたものの。


「……あー。うん、じゃあたまには甘えちゃおっかな」


 そう口にして、俺の背中を掴んでよじ登った。そして俺は朱里ちゃんを持ち上げ、おんぶの姿勢を取ることに成功したんだ。


「あはは、修一重くない?」


「大丈夫だよ……行こう」


 ……そして俺は朱里ちゃんを抱えて、ゲームセンターを後にしたんだ。


 朱里ちゃんをおんぶする、というこんなにも嬉しいはずのシチュエーションなのに、俺は素直に喜ぶことが出来なかった。理由は当然……あの謎の人物のせいである。

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