第58話 メイドちゃんの成長?

 ……そして賑やかな夕食の時間も終わり。俺は満腹状態で横になっていた。


「うっぷ……もう食べられないぜ……」


 苦しそうに腹をさすりながら、そうやって呟く。そしたらキッチンの方から、元気な花音ちゃんの声が聞こえてきた。


「こらー神ちゃん! 食べてすぐに寝たら豚さんになっちゃうよ!」


「あはは……花音ちゃんは、お母さんみたいなことを言うんだね」


 なんだかそのフレーズも懐かしいよ。俺も小さい頃はよく言われてたっけ……でもまぁ、洗い物をしている花音ちゃんの後ろ姿は、お母さんというよりは完全にメイドさんなんだけどね。


 だってメイド服着た、ケモ耳生えてるお母さんなんて見たことないもの……pixivで探しても、なかなか見つからないよそれ。


「というか! 神ちゃんも食器の片付け手伝ってよ! ウチは料理は好きだけど、料理の片付けは全然好きじゃないんだよ!」


「ああ、そうなの?」


 まぁその気持ちは分かる気がするよ。ゲームでもトレーニング場に籠って、エイム練習やコンボ練習するよりは、実践で試す方が好きって人は多くいると思うし……どちらかというと俺もそっち側の人間だもん。


 でもゲームを上手くなるには、トレーニングは絶対に避けられない行為だもんなぁ……なんか話がすっごい逸れた気がしたけれど、まぁそういうことだよ。


「分かった。俺も手伝うよ」


 そう言って俺は起き上がり、キッチンの方へと近づこうとする……そしたらそれを見ていた、藤野ちゃんと真白ちゃんも立ち上がって、俺の後ろをついて来たんだ。


「あれ、どうしたの二人とも?」


 だけれども、どうやら二人が用事があるのは俺ではないらしく……二人はスッと俺を追い越して、目の前の人物に口を開いたんだ。


「メイドちゃん! 私もお片付け手伝うよ!」


「私も手伝いますよ! おひとりで全てをさせるなんて、申し訳ないですし!」


 もちろんその相手は、花音ちゃんだった。


『ああ、なんて二人は優しい心を持っているんだ』と、俺が心をぽかぽかさせながら、優しい瞳で傍観していると……花音ちゃんが困ったような視線を、俺にチラチラと向けてきたんだ。


 ん? そこは普通に『ありがとう』と言えばいいんじゃないか……って、ああ。もしかして名前が分からないのかな?


「こっちのベレー帽の子が藤野結奈ちゃんで、こっちのロングヘアーの子が汐月真白ちゃんだよ」


 察した俺は軽く二人の紹介をした。そしたら花音ちゃんは「でかした」と指をパチンと鳴らして。


「うん! ありがとね、ゆいにゃん、ましろん! でも二人はお客さんなんだからさ、ゆっくり休んでて大丈夫なんだよ!」


 そうやって言ったんだ。やはり花音ちゃんは、人にあだ名をつけて呼ぶという自分ノルマがあるのかもしれない…………ってえっ、花音ちゃん!?


 俺は彼女を二度見する……あの傍若無人だった花音ちゃんが、こんな風に気を遣う言葉を言えるようになってるなんて……! 気づかない内にこんなにも成長していたなんて……俺は本当に嬉しいよ!


「……なんでおじいちゃんみたいな顔してるのさ、神ちゃん」


「いやぁ……立派になったなぁって」


「んん? よくわかんないよ?」


 それは分からなくてもいいよ。誉め言葉として受け取っててくれ。


 ……ただ、それは本当に素晴らしいことなんだけれど。


「でもさ花音ちゃん、この子達は俺が本当に信頼できる仲間なんだ。だからそんな他人行儀じゃなくてさ。もっと俺と接する時みたいにしても大丈夫なんだよ?」


 二人は俺の仲間なんだ。だからやっぱり気を遣われるよりは、本音で喋ってもらった方が助かるのは間違いないだろう。それに仲間同士で気を遣っていたら疲れちゃうし……せめてクランの中では、ありのままの自分でいてほしいんだよ。


 もちろんそれは花音ちゃんだけでなくて、他のみんなも……俺も含めてね。


「えっ、でも……」


 そしたら花音ちゃんは、珍しく言いよどんだのだった……まぁ花音ちゃんは、自分の性格のせいで、様々な問題が起きたことを自覚していない訳がないもんな。メイドの仕事のこととか、同居人との喧嘩とかね。


 それで花音ちゃんは時間をかけて、俺を信頼してくれた時に『神ちゃん相手なら、本音で話しても大丈夫なんだ!』という思いと同時に『ほかの人相手には建前を使わなきゃいけないんだ!』という考えに至ったのだろう。


 もちろんその答えに自分で辿り着いたのは、素晴らしいことではあるけれど。その『完全な本音でいられる相手』の範囲を、もう少しだけ広げてみてもいいんじゃないかなって、俺は思うんだ。


「いや、でも……それは……」


 それでも依然として花音ちゃんが困惑していたので、俺は隣に立っていた藤野ちゃんと真白ちゃんにこうやって聞いてみたんだ。


「それじゃあさ、もし花音ちゃんが全部本音で話すようになったらさ、二人は花音ちゃんのことを嫌っちゃう?」


 そしたらすぐに二人は反応して、首をブンブンと横に振った。そして。


「そんな訳ないじゃん! 私に遠慮なんかしなくてもいいんだよ!」


「ええ、私も同じです! 王子様のお友達は、私のお友達なんですから!」


 俺が想定していた、百点満点の返事をしてくれたんだ。そしたら花音ちゃんは作業の手を止め……少しだけ目をウルウルとさせて。


「いいの……? 本当にウチを嫌ったりしないの?」


 心配そうにそう聞いてきたんだ。


 ……もしかして。花音ちゃんの今までの傍若無人な態度も、人から嫌われる恐怖から来ていたのか……?


 嫌われるくらいなら、自分から嫌われる要因を作り出せばいいって。そうやって自分を守っていて。でもそれはもう止めようと、気を遣うことを、建前を覚えた矢先……俺にこんなことを言われたもんだから、混乱しているのだろう。


 うん。俺も頭で色々と考えすぎてて、なんか訳が分からなくなってるもん。頭の中パンクしてるもん。ショート寸前だもん。


 だからそんな脳内で無数に考えるよりも……今の彼女に必要なのは。


「当たり前だろ! 俺は絶対に花音ちゃんを嫌ったりしないよ!」


「────!!」


 たった一つの言葉。それだけなんだよ。


「そうだよ! だから私には気軽に話してほしいなっ!」


「ええ、そうですよ! もう私達はお友達じゃないですか!」


 続けて二人もそうやって言ってくれたんだ。そしたら花音ちゃんは、少しだけ瞳から溢れちゃった涙を袖で拭って。


「……うん、分かった。えっと、ウチは片付けが大嫌いだからさ、二人が手伝ってくれるのなら、かなり助かる……かも……です」


「うんっ! それじゃあ一緒にやろうよ!」


「はい! 私もやりますよ!」


 そして二人も流し台の前に立って、花音ちゃんを挟むように、両脇に立ったのだった……ふぅ。これにて一件落着って感じかな?


「よーし、じゃあ俺も……」


 そう言いながら、俺は袖をまくる……


「あ、神谷君は別に大丈夫だよ?」


「えっ?」


「はい、人数は三人で十分足りてますし。王子様はゆっくりしてて下さいよ」


「え? いや、あの」


「うん、神ちゃんは横になってていいよ。そこで子豚さんになってて大丈夫だよ」


 その花音ちゃんの発言で、二人は「あはは」と大きく笑うのだった……って。


「……」


 なんか……なんか今度は俺が気を遣われてないっすか!?

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