第57話 クランハウスにようこそ!

 ──それからクランハウスに上がって、いきなり俺達は脅かされた。なぜなら……既に家の中には、あの学園のアイドル、朱里ちゃんがいたからだ。


 彼女はゆったりとソファーに座って、コップに注がれた飲み物を口にしていた。なんだかとてもくつろいでいるように見えるけれど……いや、それはとっても嬉しいことなんだけれども……


「ん、あははー。遅いよ修一?」


 何も言えずに立ち尽くしていた俺達に気が付いたのか、朱里ちゃんはこっちを振り向いて、クスクスと笑った。


「あっ、朱里ちゃん! 君は遅れて来るはずだったんじゃ……!?」


 そう。確か朱里ちゃんからは『仕事の都合で遅れるだろうけど、約束したしちゃんと行くよ!』と事前に連絡を受け取っていたんだ。だから彼女には、先にクランハウス場所を教えておいて、後で直接合流してもらおうと思っていたのだけれど……


「うん、だからお仕事の後に来たんだよ?」


「……もしかしてそれよりも、俺達の方がもっと遅かったってこと?」


「あははー。そうかもねー?」


 ゆるゆるーっと朱里ちゃんは笑った……ああ。朱里ちゃんを待たせてしまうなんて、一生の不覚。今度マジであの二人に自転車の練習させよう。乗れるようになるまで、絶対に帰さないぞ……


「そう! 神ちゃんが遅かったから、ウチが朱里ちゃんを上げておいたんだよ!」


 そして花音ちゃんは誇らしげに言う。確か花音ちゃんには、朱里ちゃんのことをほとんど話していなかったから……色々と機転を利かせて、先に上げておいてくれたんだろうな。それは本当に助かったわ。


「そうだったんだ。ごめんね、花音ちゃん、朱里ちゃん」


 俺は二人に謝罪した。でも朱里ちゃんは続けて微笑んでくれたので安心したよ……んまぁ、花音ちゃんはというと。


「いやいや、もーホント大変だったんだよ? 共通の話題が神ちゃんしかなかったから、ずっと神ちゃんの話をしてたんだよ?」


「そ、そうだったの?」


 それはちょっと嬉しいんだけれど。でも花音ちゃんは、朱里ちゃんに変なことを吹き込んではいないだろうか……? それだけスゲー心配なんだけど。


「でも私は楽しかったよー? メイドちゃんみたいな子と喋ったことなかったから、とっても新鮮でさー。私のお家に来て欲しいくらいだよー?」


「ええっ、ホントに!? 行く行く! こんなとこ捨てて、そっちに住み着くよ!!」


「こんなとこ言うな」


 ……そんな一連のやり取りを眺めていた真白ちゃんは、急に何かを思いついたかのように「ああっ!」と一言。


「ん、どうしたの真白ちゃん?」


「いや、ずっとあの、どこかで見たことあるような顔だなーって思ってたんですけど! もしかしてこの方、あかりんですか!?」


「うん、そうだよ」


 というか今まで気が付いていなかったんだね……でもオフの朱里ちゃんは、あかりんとは雰囲気が全く違うから、意外と意識して見なきゃ気が付かないのかもしれないな。


 そして真白ちゃんは興奮気味に。


「やっぱり……! というか王子様、あかりんとお友達だったんですか!?」


「まぁ……ちょっとね」


 彼女との出会いを事細かに話すと、ちょっと面倒なことになりそうなので……その辺は上手い感じにごまかしておこう。


「すっ、すごいですよ! 藤野さん、こんな近くにあかりんがいますよ!!」


「わぁ、ホントだぁ! すごい美人さんだぁ……!」


 それから朱里ちゃんに気が付いた女子たちは、各々テンションを上げて、好奇の目で朱里ちゃんに近づいて行った。やっぱり女の子ってアイドルに憧れというか、いくつになっても好きなんだなーって思ったよ。


 それでまぁ……慣れていることなのか、朱里ちゃんは特に嫌がる素振りも見せなかったけれど……『あかりん』という単語を聞いてからというもの、ほんの少しだけ寂しそうな瞳をしたんだ。


 当然だけど、今はあかりんじゃなくて朱里ちゃんなんだから、ちょっとだけ複雑な感じなのかもしれないな。だからここは……俺がサポートしなきゃ……!


 そして俺も彼女らに近づいて……なるべく優しくだけれど、少しだけ注意というか、念を押しておいたんだ。


「彼女は確かにアイドルのあかりんでもあるけれど、俺らと同じ生徒の朱里ちゃんでもあるんだ。一応、それは覚えておいてほしいな」


 そしたら真白ちゃんはハッとしたのか、少し反省気味に。


「あっ、そうですよね。ごめんなさい、ちょっと興奮してしまってました……」


「ああ、いやいや、そんなに気を使わなくても大丈夫だよー? むしろ堅苦しい方が辛いからさ、私のことは好きに呼んじゃってよー?」


 朱里ちゃんは真白ちゃんをフォローするように、優しく笑ってそう言った。


「わっ、分かりました! あ、朱里さん!」


「あはは、別にあかりんでもいいんだよ?」


 そして一同は笑いに包まれた。そんな笑い声の中、誰にも聞こえないくらいの声量で。


「……でも。ありがとね、修一」


 朱里ちゃんは、確かにそう呟いたんだ。


 とりあえず俺は朱里ちゃんだけに見えるように、親指を立てる『グー』のサインを一瞬だけ見せた。気が付いてくれただろうか……?


「……よーし、それじゃあもうご飯冷めちゃうし、食べようよ!」


 そして場が明るい感じの雰囲気になったのを見計らってか、花音ちゃんが大きな声でみんなにそう言った。


「ボク、すっごいお腹すいたよ!」


「俺も!! スゲー歩いたから、お腹ペコペコのペコだよ!!」


「こら、神ちゃんはこっち。料理運ぶの手伝いなさい」


「う、うへーい」


 ……それから花音ちゃんに引っ張られ、彼女の作ったパスタだのシチューだの温かいご飯を食卓に運んで……みんなで囲んで夕飯を食べたんだ。


 こんなに大勢でご飯を食べるのはとても新鮮なことで、とても楽しい時間を過ごすことが出来たんだ。


 みんなも同じ気持ちでいてくれたのなら……こんなに幸せなことはないよ。

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