第56話 素直になろうよ?

 ──それから数時間経って……


「さぁ、もうすぐだよ! 頑張ろう!」


 俺はメッセージで送った集合場所に行き、そこから仲間のみんなを引き連れて、クランハウスへと向かっていた……のだが。


「シュウイチ……なんかやけに遠くないか?」


「うん。だから自転車に乗ってくるように言ったんだけどね?」


 蓮と透子ちゃんが歩きで来ていたから、俺達はチャリを押しながらクランハウスに進んでいたのだ……だから予想以上に時間が掛かっている訳で。


 俺は歩きながら、チラッと透子ちゃんの顔を見る。そしたら彼女は焦ったように。


「いやいや、だって! 自転車なんて高い物、ボクが買えるワケがないだろ!」


「そのためにあるのがレンタル自転車でしょ。ほら、藤野ちゃん達だってレンタルの自転車使っているよ?」


 俺は藤野ちゃんと真白ちゃんの方に視線を移す。確かに二人の押している自転車は、学園側で貸し出しを行っている、赤い自転車のマークが付いていたんだ。


「……っ! そっ、そんなのあるなんて、知らなかったんだ!」


「ホントに? でも流石にそれは無理があるんじゃ……」


 学園内でこの自転車を乗っている生徒を、見ない日はないくらいには浸透しているから、知らないってことは無いとは思うんだけどなぁ。


 ……といったところで、誰にも気が付かれないように藤野ちゃんがそーっと、俺の肩をポンポンと叩いたのだ。


 くるりと振り返って見てみると、彼女は優しい瞳で俺に視線を合わせて。そして続けて小声で「神谷君、察してあげて」と。


 ……うん。まぁ、俺も薄々は感づいてはいたけども。それならそうと言ってくれればいいじゃないか。「ボクは自転車に乗れない」ってさ。


 それは全然恥ずかしいことではないし、本当に乗りたいのなら俺はいくらでも練習に付き合うよ?


 というか俺はその言葉をずっと待っていたんだけど……透子ちゃんはプライドが高いからそれが中々言えなくて。それで周りには俺が透子ちゃんを問い詰めてるような図に見えてしまったのだろうな……まぁこれは少し反省しなきゃいけないな。


「……透子ちゃんは分かったよ。それよりも気になるのは……何でお前も自転車乗ってないんだ、蓮?」


 俺がそう聞いても、蓮は表情一つ変えずに。


「フン……僕は自転車のレンタル代を節約しただけだ。それ以上の理由は無い」


「いやいや、どこまで節約家なんだお前は!! つーかそれ嘘だろ! ホントはお前が自転車に乗れないだけなんだろ! 分かってるんだからな俺は!」


「フン。馬鹿言うな。僕は乗れる……そもそもここに来てやっただけ、有難く思え」


「さりげなく話を逸らすな! じゃあ俺がこのチャリを貸してあげるからさ、この道を直進してみてよ……」


「…………ああ?」


 そしたら今まで見たことないくらいに、鋭い目つきで睨まれた……いや蓮。お前もかよォ!


 それなら今度透子ちゃんも混ぜて、一緒に自転車の練習しようよ? ね? 大丈夫だよ、全然怖くないからさ……あの後ろの荷台乗せるところ掴んでやるから……俺がお父さんみたいな立ち位置でいてあげるから……


「あっ、王子様! 豪華なお城みたいな建物が見えてきましたよ!」


 ふと、真白ちゃんの言葉で妄想の世界から引き戻される。パッと顔を上げて周囲を見ると、確かに俺達のクランハウスがこの位置からも見えていたんだ。


「おっ、そうそう。あれが俺らのクランハウスだよ」


「ええっ! 本当ですか!? とっても綺麗です……!」


「ふふふ、そうだろう」


 別に俺が建てた訳でもないけれど、つい得意になってしまうな。


 そして俺達はクランハウスにどんどん近づいて行って……そして。そのクランハウスの前に、街灯に照らされた、花音ちゃんが立っていたのに気が付いたんだ。


「あっ、花音ちゃん!」


 俺は急いで彼女の元へと、自転車を押して駆けていく。そしたらメイド姿のままの花音ちゃんは、腰に手を当てて、わざとらしく怒りを見せていたんだ。


「もー遅いよ、神ちゃん! ご飯冷めちゃうじゃん!」


「ごめんごめん、ちょっと時間かかっちゃったんだ」


「んっ……誰だ?」


 それから俺に続いて、蓮たちが追い付いてきた。そんなみんなに向かって、俺は軽く花音ちゃんの紹介をしたんだ。


「俺が雇ったメイドさんだよ。花音ちゃんって言うんだ」


 そしたらすぐに花音ちゃんは笑顔に変わり、自己紹介をした。


「うん! ウチはメイドの鳥咲花音だよ! よろしくね……って、ええっ、神ちゃん! 神ちゃんの仲間、チョー可愛い子ばかりじゃないですか!! うわー! これはもう……すっごいモミモミしてあげたいね……!!」


「初手セクハラやめろ」


「えー何を想像したのさー? ウチは肩を揉んであげようとしただけ……」


「流石にそれは言い逃れられんぞ」


 いきなりの花音ちゃんの変態発言に、みんなはビビってしまったと思ったけれど。そんな花音ちゃんに臆することなく、みんなは彼女を囲むように近づいて行って。


「わー! そのメイド服とっても可愛いね! 似合っているよ!」


「にゃははっ! ありがとー! これはお気に入りの服なんだー!」


「そのお耳……物語に出てくる住人みたいで、とっても素敵です!」


「えっ、分かる!? ついにこのケモ耳の良さが分かる子に出会えるなんて……ウチはチョー感激だよっ!」


「…………」


「うん、ありがとう! でもウチは、君も似合うと思うけどね!」


「……え、ええっ!? ボクは何も言ってないぞ!?」


「にゃははー。眼だけでなんとなく伝わるもんだよー?」


 どうやらすぐに打ち解けたみたいだ……いやぁー。女の子が仲良く、ほのぼの会話しているのを見るだけで、どうしてここまで幸せにな気分になれるんだろうね?


「ね、蓮?」


 ……だけどそんな中、どうも浮かない顔をしてる人が。一名だけ存在していたんだ。


「……神谷。一体お前は、どこまで女を増やすつもりなんだ?」


「へっ?」

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