第9話 勝てばいいんだよ

 建物に入るとそこはロビーというか、広い休憩室のような場所になっていて、多くの長椅子や自動販売機が並んでいた。そこで談笑している生徒も少なくはなかったが、藤野ちゃんの姿は確認することが出来なかった。


「あれ、いない……? おーい藤野ちゃんー! 神谷君が来たよー!」


 そんな大声で呼びかけている俺に対し、蓮は恥ずかしいといった感情を持ち合わせてしまったのか、俺から少しだけ距離を置いてボソッと。


「おい神谷……そいつは競技場に居るんじゃないのか?」


「ああ、なるほどー! 蓮は天才だね!」


「……お前がチンパンジーなだけだ」


 何か余計な一言が聞こえた気がしたけど、きっと俺の空耳だろう……うん、蓮がそんなこと言うわけないもんね。ね。


 そして更に俺たちは奥の方へと進んで行くと、更衣室やエレベーターを発見した……って、えっ?


「エレベーター?」


「どうやらここから競技場に行けるらしい。2階が砂のグラウンドで3階が芝のコート、4階が体育館で5階が武道場。最上階には屋内プールだとよ」


 蓮はエレベーター前にあった、立て看板を読み上げた。


「そっ、それくらいじゃ、もう俺は驚かないぞ!」


「あっそ……で、神谷。何階に行くつもりだ?」


「えっ?」


 蓮の変な質問に首を傾げる。そんなの決まってるじゃんか。


「藤野ちゃんを見つけるまで全部の階回るよ?」


「……は?」


 蓮は『正気かこいつ』と言いたげな目で、俺を見つめてきた。


「えっ、何か変?」


「いや……そいつがどこに行きそうかくらい、目星付いてないのか?」


「いや、全く! だから全部回れば、絶対に見つけられるでしょ?」


「……やっぱ大馬鹿だ、こいつ」


 蓮はやれやれと両手を上げ、お手上げのポーズを取る。


「よし、まずは2階から行こうか、蓮!」


 俺は気にせず、ボタンを押してエレベーターに乗り込んだ。


「はぁ……」


 そんなため息をつきながらも、蓮も俺の後ろを追ってエレベーターに乗り込んでくれた。きっと蓮は素直になれないだけで、きっと根は優しいヤツなんだろうな。


「なにニヤけてんだ。気色悪い」


 ……口は悪いけど。


 ――


 それで結論から言うと、藤野ちゃんは3階の芝のエリアにいた。なぜすぐに気が付けたのか……その理由は、藤野ちゃんは青のユニフォームを着た謎の集団に囲まれていて、遠目からでもめちゃくちゃ目立っていたからだ。


「おーい藤野ちゃんっ!!」


 俺は叫びながら芝を駆け抜ける。そしたら俺に気が付いたようで、藤野ちゃんとその集団は一斉にこっちを振り向いた。


「あっ、神谷君! 来てくれたんだねっ!」


 藤野ちゃんは俺を見るなり、心底嬉しそうに言う。その反応で俺も嬉しくなちゃって、テンションを上げて決めポーズをしながら答えるのだった。


「当然! 藤野ちゃんが困っているなら、俺はどこへだって駆けつけるさ!」


「本当にありがとう神谷君!それで、隣の人は……?」


 そして藤野ちゃんは視線を横に移す。


「ああ、こいつは同室の蓮。暇そうだから連れて来たんだ」


「マジで覚えとけよお前……」


 なんか睨まれてる気がするけど、気のせいだよな……そしてそれを聞いた藤野ちゃんは安心したのか、丁寧に蓮へと自己紹介をした。


「あっ、神谷君のお友達なんだね! 私は藤野結菜です! よろしくね!」


「……五十嵐蓮だ」


 蓮は言ってそっぽを向く。まさかこいつ女子苦手君なのか? 良いこと知った……とかなんとか思っていると。その謎の集団は痺れを切らしたのか。


「ちょっと、遅いわよアンタ! どれだけ待ったと思っているのよ?」


 リーダー格らしき太った女子が、俺らに話しかけてきた。


「そんでアンタらは誰よ……? どうせロクな連中じゃないんだろうけど」


 ……問題はこいつらだ。内容は分からないが、藤野ちゃんを困らせている連中なのは違いないらしい。


「アタシは2年の五分真凜ごぶまりん、そして後ろのはチーム五分! アタシは彼女に勝負を挑んでいるのよ!」


「……いや、全く意味が分からん」


「同感だ」


 俺と蓮が困惑していると、藤野ちゃんが補足説明をしてくれた。


「神谷君、あのね! 説明するとね!私がこの建物を散歩してたら五分さんが急に『一緒にサッカーをやらないか』って話しかけてきてね!」


「サッカー?」


「私は断ったんだけど……五分さんは初心者って言ってたし、軽い遊びみたいなのって言ってたからつい『少しだけならいいよ』って答えちゃったんだよ。そしたらね! 隠れてた仲間が急に出てきて、『11対1で勝負だ!』なんて言ってきて、それで……私困ってて!」


「えぇ……? 何それ、セコ過ぎんだろ。藤野ちゃん、この勝負は放棄していいよ」


 俺がそう言うと、五分は汚い高笑いを上げた。


「あはははっ! それが出来ないのよ! 校則での了承がなければ、一度開始したゲームは無効に出来ないように決まってるわけ! つまり……そっちからゲームを投げ出せば、貴方の負けってことになるのよっ!」


「……」


 ほぉーん……なるほど。考えたなぁ。


「はぁ? 別にそんなの負けてもいいだろ?」


「蓮、これはゲームだ。敗北は藤野ちゃんのポイント消失を意味する」


 そしたら蓮は自体を理解したらしく「……あぁ」と一言。


「そういうこと! 大人しくポイントを渡して逃げるか、大人しくボコボコにされて奪われるか……どちらか選びなさい!」


「かっ、神谷君……私、どうすればいいの?」


 その宣言に藤野ちゃんは今にも泣きそうな表情で俺を見る。


 ……だから。俺はこう言ってやったんだ。




「そんなの簡単さ。このゲームに勝てばいいだけだよ」

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