第47話 梨子ちゃんじゃなきゃ駄目だよ。
ギスギスとした雰囲気のまま数日が経った。梨子は日に日にやつれ、笑顔は力なかった。「どうした」と聞いても「なんでもない」の一点張り。しかし、ついに限界が来たのか梨子は熱を出してしまった。
「ごめんね、鞍馬さん…。今日ご飯作れないや。」
「そんな事気にすんな。今はゆっくり休めよ。」
「…ありがとう。」
梨子が不在の中、二人だけでリフォーム作業をした。
「お前、いくらなんでも梨子に冷たくし過ぎだ。」
「…でもそうでもしなきゃ別れられない。」
「それはお前が、だろ。梨子のためじゃない。」
鞍馬の言葉に、ペンキを塗るイオンの手が止まった。
「…。」
「お前はあいつを幸せにするために人間になったんだろ?今のあいつは幸せか?」
「じゃあどうしろっていうんだよ!?」
噛みつくように言ったイオンの目には大粒の涙が溜まっていた。
「楽しい思い出が増えれば増えるほど別れが辛くなるんだ。梨子ちゃんが笑えば笑うほど、離れたくなくなるんだ!」
「…じゃあ梨子に嫌われて死ぬのか?それでお前は満足か?」
「人間のお前には分かりっこない。」
「別れに人も動物もあるか!」
普段声を荒らげない鞍馬が再び吠えた。
「お前は猫だからだの人間はだの言うけどな、”大切な存在”にそういう種族は関係ないんだよ。ましてやお前と梨子は恋人だろ?今生の別れ前にこんな悲しいことするなよ!」
「…前にも言ったろ?梨子ちゃんを幸せにするためには鞍馬に恋人になってもらわなきゃ困るんだよ。今のままじゃ梨子ちゃんは僕にこだわって他の男を見ようとしない。」
「心はお前が思っている以上に簡単じゃないぞ。」
「分かってる。」
「分かってない。」
「もう!クドいんだよ!!」
「ゲームじゃないんだよ、決められたルートがあってたまるか!」
鞍馬とイオンはしびれを切らし互いを殴った。
「梨子ちゃんをっ、幸せにしろ!!」
「お前が幸せにしろっ!俺はその後だ!!」
ペンキが入った容器は蹴散らされ、床一面にペンキが飛び散った。
「お前が梨子を幸せにしないでどうするんだ!!」
「っ。」
「梨子は、お前が好きなんだよ!!そうじゃなきゃとっくに他の誰かを好きになってる!そうならないのは、お前じゃなきゃ駄目だからなんだよ!!」
思いの強さの他に体格差もあり、殴り合いは鞍馬が制した。イオンは力なく、ペンキで濡れた床に這いつくばった。
「…僕だって、梨子ちゃんじゃなきゃ駄目だよ。」
イオンは汚れた作業着を気にする素振りもなく、その場に座った。
「梨子ちゃんだから、命を投げ出してでも彼女が幸せになる手伝いをしたかった。」
「…。」
「でも、別れの時間が迫ってくるほど焦りが出てしまって。間に合わなかったら、幸せに出来なかったらって思うと怖くなって…。だから鞍馬に頼ろうって…。」
「イオン…。」
イオンの声はいつの間にか涙声に変化していた。
「僕が死んだ時に梨子ちゃんが独りになってしまったら、死んでも死にきれない…!」
「独りになんかさせねぇよ。お前、前に言ったじゃねぇか。”俺がアタックし続けてくれれば、梨子は孤独じゃない”って。」
「そうだけど…。」
「あいつが俺のことを好きになるかどうかは本人にしかわかんねぇ。でも俺は梨子が好きだし、悲しんでいるところを放っておくことはしない。だから、生きてるうちはお前があいつを幸せにしろ。」
「…うん。」
「分かったら帰って仲直りしろ。片付けは俺がやっとくから。」
「ありがとう、鞍馬。」
鞍馬は返事をする代わりに、手でシッシと追い払う素振りをして片付け始めた。
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