第44話 代わり”なんて存在しない。

「一年って…。あとどれくらい残ってるんだ?」

 突然のことで鞍馬は理解するのに時間がかかったが、なんとか話に付いていこうとした。

「あと半分。死ぬ時は、梨子ちゃんにバレないように姿を隠すつもり。」

「おいおいおい。死ぬとかそういうのは言わないようにしようぜ。それに、もしかしたら半年経ったら猫に戻るだけかもしんね−し。」

「女神が嘘つくわけ無いじゃん。」

「嘘じゃなくて、”お情け”だよ。慈悲深い女神さんなら、お前を殺したりしないだろうってこと。」

「割と淡々としてたしそれはないかな。」

「淡々とって。」

「…とにかく。僕は梨子ちゃんを幸せにするために人間になったんだ。このお店のこともそう。毎日怒鳴られながら仕事をして、毎晩ゲームで心を癒やすなんて寂しい一生を送ってほしくなかった。やりたいことを仕事にして、毎日幸せに過ごして欲しくて人間になった。…でも、僕は欲張って梨子ちゃんの恋人になった。僕が死ねば、梨子ちゃんはすごく悲しむ。…死んでからもずっと幸せにしてあげたいんだ。大好きだから。」

「……。」

 イオンの気持ちを聞き、自分に何が出来るだろうか、そしてイオンは自分に何を求めているのかを考えた。

「…お前が死んだ後、俺がお前の代わりをしろと?」

「そう。…鞍馬、梨子ちゃんのことずっと前から好きでしょ?」

「馬鹿野郎!」

 鞍馬はイオンの胸ぐらを掴んだ。しかし、イオンは怯まずに見つめ返してきた。

「僕は本気だよ?それに、頼めるのは鞍馬しか居ない。…鞍馬以外は考えられない。」

「俺に、どうしろっていうんだ。最愛の恋人を亡くして、その心を俺に埋められるとでも?」

「…あぁ、あんたじゃ無理なのか。」

「!」

「あーぁ、そっかぁ、梨子ちゃんを一人残していくのは悲しいけれどどうしようもないし、仕方ないかぁ。」

「…理屈じゃねぇんだよ、人の心は。」

 鞍馬は掴んだ胸ぐらを放し、俯いて続けた。

「いいか、”代わり”なんて存在しない。人だけじゃない、ペットもそうだ。お前は、最愛のペットでもあり家族でもあり恋人なんだ。ただの隣人の俺が、そんな大事な存在に代わってやれることなんて何一つ無いんだよ。」

「それでも、鞍馬に頼むしか無いんだ。」

「なんで俺なんだ。」

「あんたは優しい。人にも動物にも。…きなこが言ってたよ、”鞍馬このひとは優しすぎる”って。」

「きなこが…。」

「嘘を吐かない犬が主人をべた褒めしてるんだから信じるしか無いでしょ。」

 いつの間にか夕日が沈み、当りは薄暗くなっていた。

「…彼女が俺を好きになるとは限らない。」

「なるさ。…なるまでアタックしてよ。」

「そんな簡単に言うなよ。」

「アタックし続けてくれれば、梨子ちゃんは孤独じゃない。…梨子ちゃんが拒まない限り、そばに居てあげて欲しい。」

 鞍馬は深くため息を吐き、短く「分かった」と答えた。

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