第40話 いつもは僕が優先なのにな。

 秋になり、木々達が一斉に衣替えした並木道は鮮やかで、足元にもその色を落としていた。梨子はイオンと手を繋いで、その彩られた道を歩いていた。

「綺麗だね。私、秋が一番好きだなぁ。」

「ほんと綺麗。…でも葉っぱが赤や黄色になっちゃうなんて不思議。」

「うーん、それは私も詳しくは知らないなぁ。」

「赤とんぼが赤い理由は?」

「え?えー…」

「なんで銀杏は臭いの?」

「うぅ…」

 イオンの疑問は絶え間なかった。梨子は答えられずに「なんでだろうね」と言うしかなかった。

 彼の「なぜ?」を聞いているうちに、リフォームがある程度進んだ店に到着した。店の中では、鞍馬が先にモルタルを壁に塗っている。

「こんにちは〜!お疲れさまです。」

「おう、来たか。」

「これコーヒー。梨子ちゃんが買ってくれたよ。」

「サンキュー。」

 リフォームは業者に頼んだ部分は完成し、残りの仕上げは三人で手作業することになっていた。梨子は最初鞍馬の申し出を断っていたのだが、専門の知識がある人間が居る方が作業が早いだろうということで、有償でお願いする事にした。と言っても、彼はお金だと受け取ってくれないので、毎日夕飯を作るという話でまとまった。

「本当に夕ご飯だけでこんなに手伝ってもらっちゃっていいのかなぁ。」

「いいんだよ。俺がいいって言ってるんだから。それに、こういう作業が好きで今の仕事やってる。勤務外でもやれるならそれはそれで楽しいから気にするな。」

「…ありがとう。」

「あんたの手料理も食べられるなら、むしろ俺はラッキーとさえ思うけどね。」

「えっ。」

 鞍馬の思わぬ言葉に梨子は手が止まった。いつも一言二言しか言わない彼が饒舌なことにも驚いていたが、こんなことも言うのかと目を丸くした。

「ちょっとそこの二人、サボってないで僕を見習ってよね。」

 脚立に登って作業をするイオンが釘を刺すように言った。

「へいへい。彼氏様の心配するようなことはしませんよ。」

 鞍馬がこんなにも喋る人だとは思わなかった。リフォームを一緒にするようになってから、彼の見えなかった部分が顕になってくる。梨子は隣人とようやく打ち解けられた気がして嬉しかった。

「梨子ちゃんは何ニマニマしてるの?」

「そ、そんな事無いよ!あ、イオンモルタル足りる?今取ってくるね!」

 そう言って足を進めたが、その先は先程自分がこぼしたペンキで滑りやすくなっていた。

「あっ、危ない!!」

「え?うわっ!」

 ペンキに足を滑らせ危うく頭を打つところだったが、すんでのところで鞍馬が抱き止めてくれたおかげで助かった。

「…全く、今日のあんた変だぞ。」

「ご、ごめんなさい…。」

 鞍馬と梨子の様子を見て、イオンは少し寂しい気持ちになった。

「…梨子ちゃん、そろそろご飯の支度に戻ったら?あとは僕たちがやっておくから。」

「そ、そう?…確かに今日は全然役に立ってないし、その方がいいかもね。」

「送っていこうか?」

「うぅん、大丈夫。流石にそこまでしてもらわなくても帰れるよ。鞍馬さん、今日何食べたい?」

「肉じゃが。」

「分かった、肉じゃがね。イオンは他に何食べたい?」

「…なんでもいーよ。」

「そう。じゃあ、家で待ってるね!後はお願いします、お二人さん!」

 梨子は手を振って帰って行った。

(…いつもは僕が優先なのにな。)

 鞍馬に善意で手伝ってもらっているので先に希望を聞くのは自然な流れなのだが、それ以前に仲を深めていっている二人を見ていて悲しかった。イオンは脚立から飛び降り、鞍馬の横に立った。彼はイオンよりも拳2つ分背が高く、筋肉質で肩幅も広かった。

(…梨子ちゃんを守るには僕は華奢過ぎる。)

 梨子の理想通りにしてもらったこの体が、今となっては恨めしかった。

「ん?補充か?」

「ちょっと、話がある。」

 いつもの威嚇するような顔とは違う、真面目な顔で見上げるイオンに面食らいつつも、鞍馬は耳を傾けた。

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