第38話 あのピンクのお城みたいな建物何?

 その後は展望レストランで遅めの昼食をし、まだ見ていないブースを楽しんで夕日が傾く頃に水族館を後にした。

「わぁ、夕日綺麗だねぇ。」

 イオンは海に沈みゆく太陽を目を細めて眺めた。

「ほんと、綺麗だなぁ…。今日、楽しかったね。」

「うん、めいいっぱい楽しんだ!一生の思い出だよ。」

 イオンは振り向かずに答えた。


 手をつないで来た道を下っていくと、茂みから虫たちの声が聞こえてきた。

「夏ももうそろそろ終わりだねぇ。」

「……。」

「イオン?」

「…うん?」

「夏が終わるのが寂しい?」

「そりゃ、まぁね。」

 眉を下げて力なく笑うイオンの姿に、梨子は胸を締め付けられた。

「…また来年も夏は来るんだし、そんな悲しまないで。秋は秋で美味しいものたくさんあるんだから!」

 元気づけるようにわざと繋いだ手をブンブンと振った。

「それこそ、栗の季節になるし!一緒に栗拾い行ってみようよ。」

「…そうだね。」

 イオンは微笑み、「ところで」と話を区切った。

「うん?」

「行くときには見えなかったけど、あのピンクのお城みたいな建物何?」

「!」

 ピンクのお城。山沿いをドライブすると高確率で現れ、車内で子供に質問されては親が困るあの建物。梨子も返答に困った。正直に答えると絶対に行きたがるに決まっている。

「えぇっと、その…選ばれし者だけが行けるお城だよ。」

「見るだけなら選ばれしものじゃなくてもできる?」

「だ、だめ!!怒られちゃうから、ね?バスの時間も迫ってるし、帰ろう。」

「え、でも…」と渋るイオンの手を引き、急ぎ足で”お城”が見えない位置まで急いだ。

「あ、ほらもうバス着てる!!急いで!!」

 急いだ足を更に早め、梨子はダッシュした。が、元猫のイオンの方が脚力が上だったようで、先に走っていたはずが追い越され、手を引かれる。彼は運転手に見えるように大きく手を振り、待ってくれるようにアピールした。

「おーい!!僕たちも乗るから待ってぇ!!」

 イオンのアピールのおかげでバスの乗車に間に合い、ぜぇぜぇと息を切らしながら梨子は席に座った。

「流石、足速いね。」

「それ程でも〜。本音は梨子ちゃんを抱えて走りたかったんだけど、僕の力では無理そうだったし諦めた。…鞍馬ならできるだろうけど。」

 初めてイオンの口から鞍馬を肯定する言葉が出てきた。そもそも、自分から彼の話題を出すこと自体がなかったので梨子は驚いた。

「え、鞍馬さん?なんで?」

 イオンは窓の外を見つめながら悔しそうに言った。

「…あいつは生まれたときから人間で、ガタイが良くて、これからも人間だから。」

「なにそれ。それじゃまるでイオンがまた猫にもど…」

 いいかけて梨子ははっとする。今まで寂しそうにしていたのは、人間である期間が決められているからで、その期間が終わりに迫っているのではないかと思ってしまう。暫く二人の間に沈黙が流れた。

「…そうなの?」

 イオンは「そう」とも「ちがう」とも答えず、困った顔で梨子を見つめた。

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