第37話 大丈夫だよ、僕が居るからね。

その後、ペンギンの散歩を間近で見たり、アザラシの丸々とした可愛いフォルムに癒やされたりと、海獣の魅力をたっぷり味わった。海の生き物に実際に触れられるコーナーでは、イオンが興味津々で片っ端から生き物を触っていった。

「ねぇねぇ、このトゲトゲ栗とそっくりだね!」

「ウニって言うの。中身はとっても美味しいんだから♪」

「へぇ、栗みたいな味がするの?」

 どちらの味も知らないイオンは、首をかしげながら聞いてくる。

「全然。なんていうのかなぁ…。生クリームみたいにトロトロで、クリームチーズみたいに濃厚で…。」

 イオンの知っているもので説明しようとすると、どうしても乳製品になってしまう。仕方がないので、帰りはお寿司屋さんへ行こうと考える梨子だった。

「トロトロで濃厚…美味しそう。」

「帰りに食べさせてあげる。…回るお寿司屋さんだけどね。」

「!いいの?…いや、やっぱりいい。」

 一瞬喜んだが、イオンは諦めるように断った。

「どうして?」

「だって、今日お金使わせてばっかり。」

「そんな事、気にしなくても…」

「気にするよ!…お店、開けなくなっちゃう。」

 小さな出費が重なると、結局大きな出費になることをイオンはいつの間にか学んでいるらしい。梨子としては色んな体験をさせてあげたいのだが、今は仕方ない。彼の気持ちに甘えることにした。

「…ありがとう。お店開いたら、その時にお祝いで行こっか!」

「…うん!」

 もっと喜ぶかと思ったのだが、イオンは元気のいい返事とは違って、なんとも言えない笑顔を返した。

「…ねぇ、さんごのうみって所行こうよ!さんご見てみたい!」

 話を変えるように、イオンは表情を変えた。

「珊瑚の海…あった、壁と床がガラス張りで、まるで海の中に居るかの様な体験が出来るみたい!」

「海の中!?いいね、ダイビングした気分になれるね♪」

 いつの間にダイビングと言う言葉を覚えたのだろう。テレビの情報の多さは本当に凄いなと感心しながらブースに向かった。


 珊瑚の海はガラス張りの床のため、傷を付けないために靴を脱いで行くようだ。二人で仲良くサンダルを棚にしまい、水槽内が丸見えのブースに向かった。

「うわ、足元に魚が泳いでる…!」

「ちょっと高さがあって怖いなぁ…」

 梨子は高所恐怖症なところがあり、少し恐怖を覚えてイオンにしがみついた。

「大丈夫だよ、僕が居るからね。ゆっくり座ろ。」

「うん。」

 イオンに抱きついたままゆっくりガラスの床に腰を下ろす。

「どう?」

「…うん、さっきより怖くない。」

「良かった!」

 下を覗き込むとやはり怖いので、梨子は横の水槽を眺めることにした。

「…綺麗。」

「ほんとだね。お魚が手に届きそう。」

 イオンはじゃれるように魚を手で追った。その様子が可愛くて、梨子はカメラを向けた。

「あっ、また僕のことだけ撮ってる。一緒に写ろうよ。」

 そう言って梨子からスマホを奪い、彼女の肩を抱いてインカメで写真を撮った。

「はい、これで二人の思い出がまた一つ増えたね♡」

「イオンってば、他にもお客さん居るんだからあんまりそういう事は恥ずかしいから控えて。」

 周囲の視線が恥ずかしく、梨子はイオンに言ったが、「梨子ちゃんもさっき僕に抱きついてたくせに」と口を尖らせた。

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