第36話 チューしていいタイミング?

 飲み物を買って戻ると、なんと人だかりが出来ていた。

「え!?なに…?」

 人垣をかき分けて覗いてみると、ガラス越しにイオンとイルカが見つめ合っており、それを他の観光客が写真に収めているのだった。

(確かに絵になる…。動物同士、心が通ったりするのかな?)

 人垣に混ざり、梨子もイオンとイルカの姿にシャッターをきった。

「あ!梨子ちゃん遅いよ〜。」

 あちらから気づいて手を振った。途端、周囲の人達の視線が一斉にこちらに向く。

「あの綺麗なお兄さん、あんたの彼氏さんかい?」

 一番近くに居た、孫娘と手をつないでいるお爺さんが声をかけてきた。

「え、えぇ。すみません、お孫さんももっと近くでイルカみたいですよね。」

「いやいや、孫は”お兄ちゃんとイルカのセットで見たい”って言うもんだから。こうして野次馬と混じって見てたんだ。」

 梨子はなんだか恥ずかしくて肩を竦ませた。

「お姉ちゃん、彼女なの!?」

 女の子が振り向いて梨子に話しかけてきた。梨子は屈んで少女と目線の高さを合わせた。

「うん。あのお兄ちゃん、イルカを見るの初めてだったから独り占めしちゃったみたい。」

「イルカさんとお話できるなんてすごいね!お兄ちゃんもイルカさんかと思っちゃった!」

 子供ながらの発想で微笑ましいが、意外と惜しいことを言っている。梨子は笑顔で返し、未だ注目されているイオンのもとへ向かった。

「イオン、他のお客さんもイルカと写真撮りたいんだからそろそろ退いてあげよう。」

「うん。わかった。バイバイ、みんな〜!」

 イルカを見るためのブースのはずだが、何故かイオンも鑑賞対象になっていたようだ。カメラを構えていた人たちは、イオンに合わせるように手を振って見送ってくれた。


「イルカと会話が出来るの?」

 少し離れてから、梨子はイオンに聞いてみた。

「ううん。話せないけど、見つめてたらイルカも見つめてきて、引くに引けなくなってずっと見つめ合ってた。」

 そんなよくわからない理由であれだけの人を集めたのか。と梨子は笑ってしまった。

「な、なんで笑うのさぁ。」

「いやぁ、イオンってやっぱイケメンなんだなぁって(笑)」

 イケメンは何も考えていなくても、そこに居るだけで絵になってしまう。とりわけ彼は2次元から飛び出したような美しさを持っている。そんな男性がイルカと見つめ合っていたら、そりゃ梨子でなくともカメラを構えるだろう。

「僕は、イルカと見つめ合うより梨子ちゃんと見つめ合う方が楽しいけどね?」

 手を絡めてきて、突然真剣な顔で見つめるイオン。梨子は思わず彼のその綺麗なオッドアイに見とれてしまった。

「…チューしていいタイミング?」

 見つめ返していると、イオンはニヤッと意地悪く雰囲気を区切った。

「ばかっ。」

 梨子は慌ててパンフレットに真っ赤になった顔を隠した。

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