第33話 今はこんなにおだやかなのにね。
海の家で涼んだ二人は、少し砂浜を歩くことにした。
「うわぁ、足の指に砂が絡まるっ」
イオンはサンダルと自分の足の隙間に入り込む砂に苦戦していた。
「猫だったらもっと砂食い込むよ(笑)」
「猫ん時は毛づくろいしてたからいーの。人間じゃそれも出来ないから不快だよ…。」
思い切ってサンダルを脱いだが、太陽に熱された石英の粒たちは焼けるように暑かった。
「あっつ!!水、水〜!!」
イオンは少しでも砂と足を触れさせないように、ひょこひょこと変な歩き方で波打ち際へ急いで向かっていく。梨子はそんな様子も微笑ましく、そっと目に焼き付けた。
無事海水までたどり着いたイオンは、リズムよく寄せては返す波をじっと見つめていた。
「波、面白い?」
「うん、なんでざっぱーんてなるの?人がいっぱい泳いでるから?」
「うーん、ちょっと説明難しいんだけど。風っていつも強い弱いはあるけど吹いてるでしょ?」
「うん。」
「その風が、少しずつ海面を動かして、風が強くなれば波も高くなるの。あとは地形によっても波の具合は変わるかな。」
梨子の説明を静かに聞いていたイオンは、ポツリと呟いた。
「ふぅん…。風って、リズム感良いんだね。」
「そんな風に言うのイオンくらいだよ(笑)」
「だってさ、心地いい波作ってるじゃん。」
「今はね。台風とかきたら信じられないくらい波が高くなるから危ないんだよ。」
「そっか、危ないんだ。」
人であれば成長する過程で海の危険さ等を学んでいくが、生まれてから海を知らずに生きてきた彼にとっては怖いものという認識がなかったようだ。
「…今はこんなにおだやかなのにね。」
遠い目をしながらイオンはそれっきり黙ってしまった。
「…そ、そろそろ足の砂落として水族館行く?」
妙な沈黙に耐えられなくなり、梨子は次のスケジュールに誘った。
「そうだね。魚見たい!!」
ぱっと表情を明るくさせて振り向いたイオンの鼻先は、日焼けのせいか少し赤くなっていた。
「あ、日焼け止めの塗りにムラがあったんだね。今からでも塗っておこう?」
バッグからクリームを取り出そうとしたが、イオンはそれを制した。
「いいよ。あとちょっとで室内だし。それより早く砂流そう〜、ジャリジャリして気持ち悪い!」
先程の寂しそうな横顔とは打って変わって、騒がしくシャワーのある方へ駆けて行った。
(時々寂しそうな顔するのはなんでなんだろ…。)
夏の空とは裏腹に、梨子の心には雲がかかった。
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