第31話 デート、行くんじゃなかったの?

 ピンポーン


 翌朝、梨子はチャイムの音で目が覚めた。


 ピンポーン


 少ししてもう一度チャイムが鳴った。

(出なきゃ…。)

 体を起こそうとしたが、イオンに抱きとめられてしまった。

「行っちゃヤダ。」

「もー。」

 諦めてベッドに戻る。暫くするとカタン、と音がした。

(不在連絡票かな?)

 暫くベッドの中でまどろんでいると、イオンがぽつりと言った。

「ねぇ、海が見てみたい。綺麗なんでしょ?」

「うーん、沖縄の海みたいに透き通ってはないけど、遠目で見る分は綺麗だよ。」

「じゃあ行こうよ!あ、水族館にも行ってみたいなぁ。」

 テレビで知識を増やしていたイオンの好奇心はどんどん広がった。

「ふふ。いいよ、今日は海辺でデートだね!」


 出かける支度をして、軽く朝食を済ませる。麦わら帽子を被ったイオンはまるで子供のようにはしゃぎながら「早く早く!」と私を急かした。

 玄関へ向かったついでに先程の郵便物を調べると、不在連絡票ではなく封のされていない茶封筒だった。

「なんだろ?」

 中身を確認すると、クリアファイルに入れられたリフォームの見積書だった。

(鞍馬さん、こんなに早く用意してくれたんだ…。)

 見積書を嬉しそうに見つめる私が気に食わなかったのか、イオンは私の耳を齧った。

「っ!?」

 慌てて耳を押さえてイオンに向き直ると、口を尖らせた綺麗な顔が間近にあった。

「やっぱり僕アイツ嫌い。」

 あぁ、今日も意地悪されるのかな。そう考えると何故か体がジンと熱くなった。

(…っ。)

 昨日はつれないイオンが嫌だったのに、その魅力を知ってしまった今ではそれも悪くないと思ってしまっている自分がいる。

(駄目だな、どんどんイオンにのめり込んでいってる…。)

 艶めかしい思考を感じ取ったのか、イオンは目を細めて私を壁に追いやった。

「…デート、行くんじゃなかったの?」

「い、行くよ!早く出ないとバスに遅れちゃう!」

 慌てて玄関の戸を開ける。

(そ、そうよ。今日はデートをする日。朝っぱらからそんな事考えちゃ駄目!!)


***


 無事時間に間に合い、私達はのんびりと日差しを浴びながらバスに揺られた。

「夏の日差しって気持ちいいよねぇ、眠たくなっちゃう。」

「ふふ。猫は日向ぼっこが好きだもんねぇ。」

「人間は好きじゃないの?」

「好きだけど、人の肌は紫外線に弱いから当たりすぎると火傷しちゃうの。だからほら、イオンも日焼け止め塗って?」

 私は持ってきた日焼け止めを、鞄から出してイオンに手渡した。

「そっか、人間は体毛が極端に少ないもんね。」

 イオンは納得したように自分の肌にクリームを塗った。

「梨子ちゃんは?」

「私はもう塗ってきた。」

「さすが〜♪」

 話しているうちに、浜辺のバス停に到着した。外に出ると、涼しい車内で忘れかけていた本来の熱気が私達を包んだ。

「…あっつぅ。」

 麦わら帽子を深くかぶり直したイオンは、私の手を引いて日陰を求めた。

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