第3話



それからの夫は、穏やかと狂気が入り混じるような状態が続き、出来るだけ昔のように軍人であった自分を取り戻そうと理性的に振る舞うときもあれば、突然発狂したように私に怒鳴りつけ、感情のまま怒りをぶつけることも度々あった。


そういう時は大抵、わざと私が痛がるように乱暴な性交を強要してきた。

そうすることでようやく彼は気持ちが落ちつく。


夫は、醜く変貌してしまった自分を私が愛しているなどと信じられないと言って、この醜い姿でも私が嫌がらずに抱かれる姿をみると少しだけ安心できるようだった。




そんな日々を繰り返し、季節が巡ると夫は感情を爆発させることは少なくなっていったが、その代わりどんどん気鬱に囚われるようになり一日の大半をぼんやりと無気力に過ごすようになっていった。



軍人として国のために戦い仲間と共に尽力してきた夫は、この姿ではもう二度と職務に復帰できないという事実がなによりも辛いと私に語った。


生きる意味がもう見いだせないと、小さな声で言う夫に、私はかける言葉もなくただ黙って抱きしめるしか出来なかった。



日々気力を失っていく夫。


このままでは夫は遠からず死んでしまうと思った私は、以前から人を使って調べていた事を自らの足で赴き調査することに決めた。






調べていたのは、夫が受けた呪いを解ける者がいないか探すことだった。


夫を呪った呪術師は恐らく隣国でも最高位に近い術師だっただろう。そのほとんどが此度の戦争で討ち取られ、呪術師は高位、下位を問わず見つけ次第処刑されていた。隣国にとって戦争の要であった呪術師を一掃しなければ戦況が再び転じてしまう恐れがあったためだ。


そのため、夫の呪いを解けるような術師が見つかる可能性はほとんどないと軍の高官にも言われていた。


恐らく生き残った呪術師が居たとしても、報復を恐れる彼らは決してその素性を明かそうとはしないだろう。

それでもわずかな可能性にかけて私は自分で呪術師を探すことにしたのだ。




大きな町にある酒場や色町を巡り、情報を集める。

女が独りでなんの手がかりもなく夜の盛り場をうろつくなんて無謀だと言われそうだが、わたしには他の人にはない秘密の力があった。



わずかだが、わたしには魔力があり簡単な魔法が使える。


呪術師になれるほどの力はなく、夫の呪いを軽減することすら出来ないオマケのような魔力だが、人の嘘を見抜くことができるのと、自分の姿を短時間眩ませるとかそういった事が出来るため、危険を避けて通れる自信があった。



何故私に魔力があるのかというと、もともと私は隣国の人間だったからだ。


幼い頃父と共にこちらの国に亡命してきた。

父は隣国で政務官をしていたが、戦争にばかり傾倒していく政府をなんとか変えようと同志を募って働きかけていたことで何度も命を狙われるようになった。そして、たった一人の家族であった私にまで脅迫が及んだ時に、父は国を捨てて亡命することを決意した。


その手助けをしてくれたのが、父の友人であったレイモンドの父親だった。


亡命の手助けだけでなく、こちらの国に来てからも父と私が国籍を取れるよう手配をしてくれ、もともと隣国で優秀な政務官であった父を文官として働けるよう取り立ててくれた。


もちろん、隣国の内政に関わる情報を持っている父を保護するよう国が公言しているからでもあるが、レイの父は公私にわたり私たちを助けてくれた。


夫となるレイとは、こちらに亡命してきた幼い頃からの付き合いだった。年下の女の子の相手など、軍人を目指す男の子からすれば面倒でしかなかっただろうが、見知らぬ土地で不安に怯える私に一生懸命向き合ってくれて、この国で初めての友達になってくれた。



父の仕事と生活基盤が整うにつれ、レイとは会う機会が減っていき、そのうち彼が士官学校に入学したことでレイとの縁はほとんど切れたはずだった。


だが、私が16歳の誕生日を迎えた年に父から『レイモンドと結婚しないか?』と提案された。突然の事で驚いたが、レイは士官学校を卒業してから軍隊に入りすでにそれなりの地位についていた。この頃、隣国との領土を巡る問題が悪化し相手側から一方的に平和条約が破られたことで、戦争が始まるのではないかと皆が噂をしていた。


どうやらその噂は本当のようで、開戦すればレイも戦場に駆り出されることとなる。そのため彼の結婚を急いでいると父から教えられた。


私でいいのか?と父を通して問うたが、レイは候補にあげられた令嬢の中から彼自身が『ハンナがいい』と選んでくれたという。


幼い頃、兄のように優しく接してくれたレイと結婚出来ることは正直嬉しかった。たくさんの候補の中から何故私を選んでくれたのか疑問だったが、隣国出身の私が開戦によって肩身の狭い思いをしないよう気遣って選んでくれたのかもしれない。決して口にはしないだろうけれど、彼はそういう優しさを持った人だと私は知っていた。



そして、私が17歳の誕生日を迎えるより前に私とレイは親しい人だけを招いて式を挙げた。


結婚してすぐに皆が危惧していたとおり隣国が仕掛ける形で戦争が始まってしまった。

だから彼と二人で過ごした期間はそれほど長くはない。だがレイは国に残していく私を気遣い、戦地に居る時もまめに手紙をだしてくれた。定期的に軍議のため王都に戻ってきた時はどんなに忙しくとも家に帰ってきてくれた。


夫には幼い頃から、夫婦になってからも、たくさんの幸せを与えてもらった。


だから私は彼のためならなんでもする、夫が呪いを受けたと知った時からずっとそう決めていた。



***



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