第4話



「薬草売りの男?」


過去を隠して生活している呪術師がいるならば、魔道具や薬を売って日銭を稼いでいる者もいるのではないかと予想をつけ、加治屋や骨董商、薬問屋も定期的に訪ねていた。


ある日、薬問屋の店主と会った時、気になる男が来たと教えてくれた。


「ああ、この辺じゃあ獲れない珍しい薬草をたくさん売りに来てね。それだけならまあ良くある話なんだけど、この国じゃあ獲れない特殊なものが含まれていたんだ。隣国でしかとれない特別な薬草だ。隣国で不法に採取してきたか、あちらから渡って来た人間なのかねえと思って」


その薬草は特別な栽培方法でしか育たないものでこの国でそれを知る者はほとんどいない。その薬草を持っているということは確かに隣国となんらかのつながりがあると思っていいだろう。


薬の知識がなければ採取すら難しいので、持ち込んだ男が呪術師である可能性は高い。しばらくこの王都に滞在すると言ったそうなので、私はまずその男探し話を聞くことにした。



素泊まりの宿をいくつかめぐり、場末の酒場にそれらしい男がいないか探して回った。


私は人目につかないよう姿くらましの魔法を自分にかけているため、酒場を女ひとりでうろついていても注目を浴びる事は無い。気配を消すだけで人に気づかれにくくなるだけの簡単な魔法だが、こういう場でとても役立つ。




旅人や冒険者が多く集まる、一番大きな酒場にその男はいた。



薬の行商人らしい大きな背負い籠を持つこの男が薬問屋に現れた人で間違いないだろう。

後ろ姿だが、隣国の人間の特徴である真っ直ぐな黒髪をしている。

どう声をかけるものかと逡巡していたが、逆に相手から話しかけられてしまった。



「姿くらましの魔法か。この国で使える人間に会うのは珍しいな」


「……こんばんは。魔法を感知できるということは、あなたは呪術師ですね。不用意にそんな事をばらしてしまっていいんですか?」


私は相手の顔と向き合っているはずなのに、どんな顔か認識できない。彼も姿くらましの魔法を使っているのだろう。サラサラとした黒い短髪だけが印象に残る。

男は鷹揚に笑いながら私に答える。


「良くないよ。君が今ここで『呪術師の生き残りが居る!』と叫べば俺は捕縛されてしまうからな。この国の人間は戦争で多くの兵を殺した呪術師を恨んでいるだろうから、憲兵に引き渡られる前になぶり殺しにされてしまうかもしれない。

俺のような下位の術師は戦争に関わっていないっていうのにな。まったく困った事態になった」


全く困っていなそうな顔でこちらを挑発するように男は言う。私が男を探していた理由を言わせようとしていると感じたので、腹の探り合いをせず要件をぶつけてみた。


「呪術師狩りをしているわけではありません。戦争で使われた『死の呪い』を受けた者が家族にいるのです。その呪いの一部が体を蝕んでいる。それを祓う方法を探しています」


「死の呪いか。術師の中でも帝や元帥の側近となるような者だけが使える呪詛だ。それを受けて生きているだけでもうけものだろ。死にかけているわけではないのなら余計な事をしない方がいい。お前も呪いに触れてしまうぞ」


「それは覚悟の上です。高位の呪術師にしか扱えない呪詛なのも分かっています。だから完全に呪いを解くことは無理でも、せめてあれを軽減する方法や少しでも抑え込む術が無いでしょうか?」


すがるような思いで男に問うが、男はすぐに首を振って私に言う。


「あるのか無いのかの前に、まずお前に協力する理由が俺にはないなあ。逆にお前が俺を探して周囲をかぎまわったせいで、俺の身元が疑われこれから仕事が非常にやりにくくなった。どうしてくれるのかな?」


「ご迷惑を……かけてしまっていたと気付かず申し訳ありませんでした。生じた金銭的な損害は補填させていただきます。あなたの事は絶対に口外しません。そのために血判の契約書を交わしても構いません。謝礼ももちろんお支払いいたしますので、どうか知恵を授けてくださいませんか?」


魔力を込めた血の契約書を交わせばどんな約束も違えることは出来ない。その契約書の事を口にすると、男はようやく話をする気になってくれたようだった。



「呪いを解くことは確かに無理だが、方法が無いわけではないよ」


希望が見える言葉を言われて私は色めきだった。思わず男に縋りついて懇願する。


「方法があるのですか?!お願いです!どうか私に教えてください!謝礼ならば言い値でお支払いします!」


「謝礼ねえ……こんな流浪の生活をしているが、もう生涯困らないくらいの財産があるんだ。だから金のためだけに危ない橋を渡る気にはなれないな。そうだな、ではこういうのはどうだ?」



男は薄く笑うと私にひとつの提案をしてきた。


「俺とひとつ賭けをしよう。この賭けに乗るならば教えてやってもいい」



どのような賭けか聞く前から、私には断るという選択肢など無かった。

夫を救う事が出来る。

その事実だけがなによりも重要だった。



***

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