第2話
ひっそりと人目を避けるように夫と私は我が家へと帰ってきた。
夫は軍人なので、普段家と領地の事は女主人である私と家令で全て取り計らっているので彼が全く外界と関わらなくともなんとかやっていける。傷病兵手当も毎月かなりの額が頂けるため生活に困ることは無い。
領地のことはしばらく家令に任せ、私は夫の看護に専念する事にした。
とはいえ私に出来ることはそれほどなく、ただ身体を拭き、痛むコブに薬を塗り、散歩に連れ出しできるだけ運動をさせる。その程度のことしか出来ない。時間があれば枕元で本を読み、少しでも彼の無聊を慰められたらと何度も話しかけた。
夫は私が何を話しかけてもほとんど返事をせず、ただ不愉快そうに目を逸らすだけだった。
だがある日、賜った勲章を夫の見えるところに飾ろうと額縁に入れて寝室に持ってきた時、それを目にした夫が突然叫びだした。
「そんなものをッ!俺に見せるなあぁ!!そんなものは勲章じゃないっ!武勲でもなく慰めに与えられたそれを見せられて俺が喜ぶとでも思ったのか!?俺を……俺を馬鹿にするなあ!!」
手当たり次第周りにあるものを私に投げつけ、そのうちのひとつが私の頭にあたり血が流れ座り込んでしまったところで夫は我に返った。
額からダラダラと血を流す私に手ぬぐいを当て『すまない……』と小さな声で謝ってくれた。
私は傷のことよりも、夫がようやく口をきいてくれたことのほうが嬉しくて思わず彼に縋りついた。
「ああ……あなたの声がまた聴けて嬉しい……話してくれて、ありがとう、レイ。勲章はすぐ見えないところに持って行くわ。無神経な事をしてごめんなさい」
私が泣きながら夫の首にすがると、夫は驚いてその腕をひきはがし、信じられないものでもみたような目で私を見た。
「君は、俺が気持ち悪くないのか?こんな、バケモノのような見た目の俺と、なぜ以前と全く変わらないで接するんだ?」
「呪いでどんな見た目になってもあなたはあなただわ。呪いを受け苦しんでいるレイにこんな事を言うのは酷いかもしれないけれど、あなたが生きて帰ってきてくれた事を神に感謝している。あなたがこうして生きていてくれただけで、それだけで十分。愛している……レイ……愛しているの」
涙を流しながらそう訴えるとレイはいきなり私の頬を平手で叩き、胸倉をつかんで怒りのまま揺さぶった。
「生きていて良かった?!この姿を見て本当にそう思っているのか?!綺麗ごとは止めろ!こんな俺をまだ愛しているなどと思う訳がない!妻としての義務感か?呪いを受けた夫を見捨てられないという同情心か?!バケモノになった夫を見捨てたと謗りを受けるのが嫌なだけだろう!」
「ちが……私は本当にあなたを愛して……」
私の言葉は夫の怒りに拍車をかけるだけだった。
掴んだ私の服の襟を引き裂き、着ていたワンピースをびりびりに破いていく。
私を裸にすると夫は自分も服を脱ぎ捨てその赤黒く変色しコブに覆われた身体を私に見せつけるようにのしかかってきた。
「――気持ち悪いだろう?これでも俺を愛していると言えるか?こんなバケモノに抱かれてお前は正気でいられるか?」
もちろん愛している、と言いたかったが、強い力で頭を後ろから掴まれ枕に顔を押し付けられたのでそれを言葉にすることは出来なかった。
そのまま力ずくで後ろから犯され、なんの準備もできていなかった私は痛みで呻いた。
「いっ……いた……レイっ」
私が痛みで声をあげると、レイはそれを聞きたくないとばかりに私の顔を枕に押し付けた。
夫は何も言わず乱暴に腰を打ち付け、私を懲らしめるかのように手ひどく扱った。
「クソッ!クソッ!なんで俺が……俺が……っ」
上から悲痛な声が聞こえてきて、私は抵抗を止めた。ただ揺さぶられるだけの時間はとても長く感じたが、夫の気持ちが収まるまで好きにさせようと、ただじっとその時間が過ぎるのを待った。
夫は何度も何度も欲を吐きだすと、ようやく私の上から離れズルズルと床に座り込んだ。
痛む身体を起こし、膝を抱え蹲る夫の背にそっと手を添える。
夫は泣いていた。きっとこんな風に私を抱くことは彼の本意ではなかったはずだ。夫はいつだって優しかった。戦で心身ともに疲れ果てていた時だって軍人らしく弱音のひとつも吐かなかった。
自分に厳しいこの人は、呪いをかけられ生き甲斐であった職務に二度と戻れないと分かって、我を忘れるほどのショックを受けているのだ。
私が彼を救わなくては。
そう思いながら背中をさすり続けると、夫は泣きながら私の胸に縋りついてきた。ごめん、ごめんと何度も謝りながら。
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