第47話 グラード・バートラーの懸念

 私の名はグラード・バートラー、バートラー伯爵家の四男として生を受け、15歳の時、家を継ぎ伯爵位を継ぎました。


 四男、しかも15歳で当主。

 血生臭い継承権争いを想像するかも知れませんが、そうではありません。

 このバートラー家には特殊な事情があるのです。


 それは……。


 先祖代々受け継がれてきた、王家に仕える筆頭執事の家系。


 執事としての仕事は勿論、戦闘術に護衛術、そして暗殺術……。

 他にも多種に渡り、ありとあらゆる知識や技術を叩き込まれ、当主の座は産まれた順番とは関係無く、能力のみで決められるのです。


 我々伯爵家に求められる執事とは、一般的なそれとは違います。

 お屋敷ではなく主人と共にあり、時には主人の裏側を切り盛りする。


 表向きは従者と言った立ち位置でしょうか。

 

 そんなバートラー家当主は、いつしか影の執事と呼ばれる様になりました。


 私はその仕事を15歳から65歳までの50年間をまっとうし、定年退職。

 第二の人生として、トゥカーナ騎士爵家の執事に……、そして現在は、秘密組織『防人さきもりつどい』の一角、『魔王の屋敷』のメンバーの1人となりました。


 聖クリッド教会の過激派や、闇で暗躍する様々な組織から、ここアルカーナを守るべく、結成された『防人の集い』。

 主な仕事は、それらの組織への牽制、情報収集、脅威の排除、時には悪とも取れる暗躍まで……。

 そして、それらはとある国々と共有される。


 そう、『防人の集い』とは様々な国の国王を筆頭に、一部の人々で結成された国際的影の組織と言う認識で間違いありません。



◆◇◆◇◆



 私はそんな組織のとある任務中、我メンバーを助ける不思議な女性に出会ったのです。


 女性の名はリリス。


 歳の頃は10代半ばといった所でしょうか、銀色にも近い光沢のある透き通る様なグレーの髪、そして、透明感のあるセレストブルーの瞳。

 私の見知る少女とよく似た女性でした。

 

 女性の歩き方、仕草、声の質、少し言葉使いは悪いですがしゃべり方まで……。

 私は執事、主人あるじに害を及ぼす人ではないか、何か悪巧みをしているのではないか……と、日々、観察をして生きて来ました。

 私の記憶力、洞察力の前で変装など無意味、会った事がある者であれば、瞬時に見破る。

 そんな私が同一人物として認識してしまうほどでした。

 

 彼女は時に、意味のわからない事を口にします、この女性もそうでした。

 

 「そう! 私は世界樹なのだ!」


 私は老若男女、様々な人を見てきました、観察してました、何と申せば良いか、理解に苦しみます。

 しかし、彼女は気が触れただけの者ではなかったのです。


 私たちが対峙しているガラムと言う男、情報によれば五つ星の実力者、しかも何か特殊な力を持つと噂されています。

 当然の如く、私はガラムを警戒しました。

 それによって周囲に潜む存在を見逃していたのです。

 しかし、彼女はそれに気が付いていた、更に、私にとある言葉を復唱させたのです。


 それは幼い時に読んだ古い、古い小説『小さな友達』の一節、少年が精霊契約を行う際、発したセリフでした。


 何故? と思ったのも束の間、私の前に光る何かが現れました。  

 精霊、負の眷属との戦いで数を減らし、人間の手によって絶滅したと言われた精霊が私の目の前に現れ、私を契約者と認めてくださったのです。


 その精霊とはトゥテラティ、純白の毛に覆われ、2本の立派なツノを持つ鹿の姿をした精霊。

 私は不思議な力が溢れてくるのを感じました。

 感覚は研ぎ澄まされ、身体は軽く、力がみなぎる……、これが精霊と契約をした恩恵でしょうか、私は年甲斐もなく物語の主人公になった錯覚を覚えました。




◆◇◆◇◆



 私はファナと言う者の相手を彼女に任せて、先を行くパトとチャウシー、それを追うガラムを追いました。


 ——リリス様……、どうぞご無事で……。


 どれほどの距離を駆けただろうか、私とトゥテラティ様はガラムとモーガンに挟まれる形で対峙する事となったのです。

 

 「はぁ、僕が一歩も動かないのはね、動く必要がないから、そもそもさ、僕を殺そうとする事こそが間違いなんだよ。

 キミたちは逃げるべきだったんだよ、僕が現れる前にね」


 トゥテラティ様がそう、話終えると、モーガンの後ろから物凄い勢いで迫り来る拳を握った影が飛んできたのです。


 「はちょーー!!」


 勢い良く飛んで来たリリス様の一撃は凄まじく、モーガンは虫の息に……。


 ——は、はちょーー?! 


 私はこの掛け声に心当たりがありました。

 それは私が同一人物と錯覚する人物、最近まで支えていた騎士爵家の御息女、リラお嬢様の掛け声と同じだったのです。


 ——ま、まさか、いえ、そんな事は……。


 「ほら、僕がちゃんとヒントをあげたじゃない、キミは状況を理解していないって、なのに考えようともしないんだもん。

 警戒すべきは僕なんかじゃないんだよ?

 もう、誰の事だかわかるよね?

 我らが女王様はご帰還されたのだよ、ねぇ? 女王様」


 トゥテラティの眼差しはリリスを捉えて離しません……。


 「「「……」」」


 ——女王様? 精霊様が女王と呼ぶ者は、あの方しか思いつきません……。


 「ま、ま、待ちなさい! 女王様だと! 貴様はあのティク・ティ・パーネの転生体なのか!?」


 そう、女王ティク・ティ・パーネ。

 妖精族の長であり、トゥテラティ様に並ぶ最上位四大精霊の一角。

 しかし、リリス様は終始驚きの表情を浮かべ、困惑の様子も見せていました、これは……。


 「トゥテラティ様、それは言ってはいけない秘密なのでは?」


 私はトゥテラティ様に小声で問いかけました。


 妖精女王ティク・ティ・パーネ様の転生体……、それがリリス様……?

 

 ——リラお嬢様がその転生体で、容姿を変えられる力をお持ちなのでは……。

 リリス様は、その力によって容姿を変えたリラお嬢様なのでは……。

 そんな事は可能なのでしょうか……。

 しかし、あの独特な掛け声は……。


 「え? そうなのかな? じゃあ今の無しで」


 私の問いにあっさりと訂正するトゥテラティ様、全く効果はありません。 


 状況は、モーガンが倒れ、私どもは無傷、何か特別な力を隠していようとも、私たちの優位に変わる事はないでしょう。

 しかし、ガラムの表情からは焦りの様子はなく、驚き、怒りなどの感情を剥き出しにしていました。


 「なぜお前が怒りを覚えている、それね僕たちの方なんだよ。

 キミたちはやってたかって弱っている僕らを結界で閉じ込め、火を放った……。

 火に抵抗の無い者から死んでいったよ、抵抗のある者たちは、息が出来ずに死んだ。

 僕を含めてね。

 そして、転生をさせない為に世界樹を地中奥深くに封印した。

 覚悟しなよ、キミたちは絶対に許さない」


 トゥテラティ様の殺気はガラムを貫きます。


 「絶対に許さないですか、確かに不利な状況である事は否めません、ですが、それでも私に敗北はありませんよ」


 ガラムもまた光と闇のマーブリングの様に見える特殊なオーラを放つも、その瞬間、トゥテラティ様より放たれた何かによって、ガラムの身体には無数の深い傷を負った。


 「ぐあぁぁぁ!」


 「やっべ! トゥテラティつよ!」


 「やっぱりお前、天使か、それにその身体……、古代の遺産アーティファクト


 「て、天使!?」


 ガラムの身体の傷からは血が吹き出し、リリス様は驚いた様子を見せます。

 ガラムは闇の天使、私はソマリ様より、その事を伝えられ知っていました、トゥテラティ様の口調からそれを疑っていた事が伺えますが、リリス様は全く気が付いてない様子でした。


 「でもキミに勝ち目はないよ、昔とは状況が違うからね」


 「ふ、ふざけるな!!」


 「ふざけてなんかいないさ、今の僕には契約者がいるし、それに女王様も……、僕はね、怒ってるんだよ」


 トゥテラティ様のツノが輝き出すと、辺りの空気が変わる、風は止み、周囲の色々な気配が消え……、見た目は変わりませんが、突然、亜空間に迷い込んだかの様な感覚になりました。


 「こ、こ、これは……」


 ガラムはその状況に怯え、その目でトゥテラティ様に目線を送る。


 「そう、キミたちが僕たちを捕らえた結界、今のキミの身体は借り物だけど、僕の直接攻撃を受けたら……、わかるよね?」


 「や、やめろぉぉ!!」


 トゥテラティ様はガラムへと走り出し、光ったツノが突き刺さり、血反吐を吐き倒れ込む。


 「結界でキミは逃げられない、僕たちに勝つ事など皆無、さあ、キミたちの目的を教えてもらおうか」


 そう言うと、トゥテラティ様は冷たい眼差しをガラムへと向けたのです。

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古のファクト 指輪の書 ——漠然とした前世の記憶を持って産まれたリラは、前世の記憶と不思議な指輪の力で押して参る!—— 水道屋屋さんのお兄ちゃん @suidouyasan-ani

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