第44話 困った時の精霊契約

 月明かりに灯されたガラムの顔はひどく冷たく、先程までの雰囲気とは異なり、眩いオーラを身に纏っていた。


 「フフフッ、何者か、ですか。

 まあ、いいでしょう、私は……」


 「闇の組織アムサドーのガラム様、で、よろしかったですか?」


 森の中より現れたのは、ガラムが引き連れていた黒のローブと者たちと同じ様な衣服を見に纏う、奇妙な仮面をつけた男だった。


 トトの念話により存在は知っていたが、なんとも気配を感じ取りにくい人物。

 私は他にも2人身を潜めいてる事を知っている。

 

 パトは仮面の男を師匠と呼び、チャウシーはゼスさんと呼んだ。


 私はこの仮面の男の声に心当たりがあった。


 数年前まで、トゥカーナ家の執事として働いていたグラード。

 私が困惑する中、彼がグラードである事が、直ぐにわかった?


 ——え?


 《注:契約可能、対象者グラード・バートラー。

 精霊を与えますか? はい / いいえ》


 私の頭の中に、こんな文字が浮かび上がったのだ。


 「これは、とんだ大物が現れましたね。風の執事ゼス、いいえ、元ロンフェロー公国王家の執事、グラード・バートラー伯爵」


 ガラムの言葉にグラードの雰囲気は一気に冷たくなり、周囲に異様な空気をもたらす。


 「さすがはアムサドーですね、私の素性など容易く調べられると言う事ですか。

 ところで十二塔老、塔主ガラム・アーク、塔主カーディアス・アラントはお元気かな? 

 仮にも聖教の者が闇の組織に属しているのは良くありませんね。

 それに魔界の魔物を召喚させるなど、いささかやり過ぎですよ。

 まさか、貴方方、聖教の目的は魔界への門ではないでしょうね?

 ああ、一つ、訂正しておきますが、私はもう伯爵ではありません、それは既に譲っておりますので」


 「なっ……、い、一体何の事でしょう? ですが、さすがと言っておきましょう。

 少々、いえ、正直、貴方方の情報網を侮っていました。

 藪をつつきすぎるのは危険と言う事でしょうか」


 グラードとガラムは静かに言葉の攻防を繰り広げる。

 私は勿論、パトもチャウシーも、それを理解出来ず蚊帳の外にいた。


 「安心して下さい、魔族じゃあるまいし、我々は魔界への門に興味はありませんよ。

 そんな事よりも貴方方、聖教を、いいえ、教国の国々や聖教、全てを敵に回すおつもりですか?

 貴方方が魔王カルディナを匿っているのはわかっています、早急に引き渡して頂けるのであれば、事は穏便に済むのですがね」

 

 ——え? 魔王カルディナって本当にいたんだ! それに匿ってる? いや、それにしも、グラードは何でこんな所にいるんだろう……、話ではファストーロで暮らしているはずなんだけど……。

 それとアレ! アレははどう言う意味?!

 ……、グラードに精霊を与える?

 

 「穏便ですか、既に穏便と言う訳には行かないと思いますが? それに魔王カルディナを私どもが? 200年以上も前に死した御仁を匿うなど、夢物語も良いところですね。

 お嬢さん、パトとチャウシーを助けて頂きありがとうございます。

 急ぎ馳せ参じましたが、危うい所でした。

 本当に感謝申し上げます」

 

 グラードは、丁寧に私に頭を下げる。

 そう、今はリリス、正体がバレる心配は多分ない。


 「いいえ、たまたま近くを通りかかっただけですから」


 そして、私は定番的なセリフをグラードに返す。

 しかし、グラードはその言葉に違和感をあらわにする。

 夜中、何処に行くにも通る事のない森の中、それも若い女性が1人、たまたま通りかかると言うのは少々無理があった。


 「パト、チャウシー、貴方方は戻って大丈夫ですよ、事の次第を大婆様に。

 お嬢さんもお気をつけてお帰り下さい、後はわたくしめが処理致します」


 パトとチャウシーは静かに頷くと、ガラムを警戒しつつ、じわじわと下がる。


 「バートラー卿、それを私が黙って見ているとでも? 貴方では私を止める事など出来ませんよ。

 それよりも気になるのは、そこの小娘、人族でありながら、この身に直接ダメージを与えられるほどの強力な加護をお持ちの様だ。

 貴女にはここで死んでもらいますよ」


 ガラムの視線はグラードを離れ私に向けられる。


 ——え? 私?! 加護? そう言えばガキンチョ悪魔が言ってた……太陽の加護とか何とか。

 でも加護があったから何だって言うの?!

 まあ、いい、あのロン毛は悪いロン毛だ。

 魔界の門とかも気になるし、ボコって全部吐かせてやる!

 っと、その前に……。


 「精霊って知ってる?」


 私の言葉にガラムを含めた全ての者たちの表情が変わる。

 

 「せ、精霊?! まさかお前の加護は精霊の……、いいえ、あり得ません。

 精霊は絶滅し、生き残りがいたとしても世界樹は地中奥深くに封印されています。

 加護を与える力などある訳がない!」


 「私は精霊を知ってるかって聞いただけなんですけど」


 ——精霊、加護、世界樹……、ここに来て何だか繋がって来た……、あのロン毛が言った強力な加護、トトは精霊で、私の額からは世界樹の根……。

 もしかして私、世界樹!!


 「ふふふっ、おいロン毛、いつから私を人間だと錯覚していたぁ!」


 「ま、まさか! せ、精」


 恐怖と驚きが入り混じる表情を浮かべるガラム、そんなガラムに私は、私の正体を告げる!


 「そう! 私は世界樹なのだ!」


 「「「……」」」


 ……、


 ……、


 「え?」


 ——違うかぁ!


 皆は呆気に取られ、何とも言えない表情を私に向けた。

 そして、ガラムは白いオーラを身に纏い、宙に浮く。

 

 「小娘、私を小馬鹿にするのも大概にしろ、我々にとって加護など珍しい物ではない。

 見なさい、神の使徒たる証、基本4属性の上に存在する光の加護、精霊がいない今、私がこれを纏えばダメージなど皆無なのですよ。

 グラード卿、貴方では私を止める事が出来ないと言った意味、お分かり頂けたかな?」


 グラードは風の魔法を纏わせた斬撃を飛ばすが、ガラムのオーラに阻まれる。

 

 「ほら、ご覧の通り」


 「困りましたね、ソマリ様の言われた通り奴は……、私の攻撃が通らない事は理解しましたが、それが死に繋がる訳ではありません」


 そう言うとグラードは結界に風の斬撃を飛ばし、破壊すると、パトとチャウシーは走り出す。


 「パト、チャウシー! 今、動いてはダメ!」


 私が声を上げるとパトたちは足を止め、私に注目する。


 「やはり警戒すべきは貴女ですか」


 ガラムの言葉の意味を理解出来たのは私だけの様だった。

 私には今、危険な状況にあると理解していたのだ。

 パトが切った黒のローブの者たち、彼らはまだ初めから、パトたちと戦闘する前から、

 そう、彼らはアンデットだ。

 しかも、彼らを操っているのはガラムじゃない、身を潜めている2人の内のどちらか、それら2人は確実にパトとチャウシーを狙っていた。


 状況は気付かれない程度に配備したトト軍団から情報を得ていた。


 ——アンデットは問題ない、瞬殺だ、なんせ私はターンアンデットの魔法が使える。

 問題はロン毛と森に身を潜めている2人、感じからグラードは凌げるだろうが、パトとチャウシーは危険だ。

 結界を張るのは勿論だけど、トトたちに守らせる……?

 守りきれるか? 正直わからない……。

 私1人だったら……、いや、1人じゃ無くても私だけを攻撃してくれれば……、うん、これしかない!


 「私を舐めてもらっては困るよ、お二人さんも出て来なよ、良い物を見せて上げるから」


 私の言葉をきっかけにグラードは2人の気配を感じたのか表情が緊張する。


 ——ロン毛よ、お前はミスを犯した。

 お前の言葉から理解した、精霊が怖いんだろ?

 きっと隠れている2人も……。


 《注:契約可能、対象者グラード・バートラー。

 精霊を与えますか? はい / いいえ》


 ——精霊を与えるってトトじゃないよね……?

 大丈夫、指輪の能力、ケットシーはトトなのだから……。

 やってやらー! 『はい』だ!!

 

 「出て来ないのかな? まあ、そこで見ていれば良いさ。

 グラードさん! 私の言葉を復唱して!」


 「お嬢さんを信じる事にいたしましょう」


 グラードは私の瞳をじっと見つめ、了承する。


 なんじわれ


 グラードの前に……、うっすらと光る子トトの様なシルエットが1匹、チョコンと座った状態で召喚される。


 ——ん? 子トト?


 グラードと子トトから同色の眩く光るマナが漏れ出し、それは次第に同化する。


 「なっ、コ、コレは精霊族の……、加護の光?! バ、バカな!」


 ガラムは怒りの表情から驚きの表情に変え、更にそれは殺意の表情に変わった。

 メイスを構え、子トトに襲い来るガラム。

 しかし、それは私の拳が許さない。


 「師匠!」


 パトが子トトの前に立ち身構え、ガラムの行手を遮り、そのパトの前に私が割り込む。


 「ロン毛、ダメージは皆無なんだよな? はちょぉぉ!!」


 ガラムの腹を捕らえた私の拳、それはガラムの身体をくの字に歪め、落ちてきた頭を掴み、顔面へと膝をめり込ませる。

 

 「がはっ! き、貴様! 邪魔を、するなぁ!!」


 口から、鼻から血を流して叫ぶガラム、効いているのかその足はおぼつかない様子だった。

 パトはその光景を「す、すげぇ」と見ていた。


 「おいロン毛、ダメージは皆無なんじゃないのか? 精霊は絶滅したんじゃなかったのか? 嘘がバレそうだからって証拠の隠滅は良くないなぁ。

 あれあれ〜? アージュなんちゃらが神ってのも嘘なんじゃないか? そしたら必然的に神の使徒って言うのも嘘になるね?」


 そんな時、グラードを覆っていた光が身体の中へと消えていき、子トトの覆っていた光は形を変える。


 ——へ?


 光が消え、現れたのは立派なツノを持つ白い鹿の様な生き物……。


 ——こ、こいつ誰?!


 そんな不思議生物の誕生にいち早く口を開いたのはチャウシーだった。


 「ま、まさか! トゥ、トゥテラティ様?!」


 ——誰それぇ?!


 そして、次に口を開いたのは……。


 「うん、僕の事知ってるの?」


 トゥテラティ様だった。


 ——しゃ、しゃべった!!! 

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