第43話 神の使徒

 暗い夜の森の中、2人人影が手を取り合い疾走する。


 「さすがは猫種の獣人族、やはり速いですね。

 しかし、そろそろ諦めませんか? 私のマナは既に貴方方を捉えました。

 もう、見失うほど、離れる事は出来ませんよ」


 白銀の長い髪の男の声が不気味に森の中に響く。


 「走れ、チャウシー!」


 「で、でもパト、このままじゃ……」


 「大丈夫だ、この先に開けた所がある、そこで数を減らそう……、問題はあのロン毛か……」


 「うん、何かアイツ気持ち悪いよ」


 「ああ、アイツはヤバい、絶対に見失うなよ」


 草木をかき分け暗黒の森を疾走し、2人は森の中に出来た不思議な広場にたどり着く。


 そこには月明かり射している。


 2人は振り返ると身構えた。

 パトの腰には刀が1本、チャウシーの手にはロットが握られていた。


 「さすがですね、猫種の獣人族でここまで体力ある個体は見た事がありません。

 やはり防人さきもりの一族には秘密がある様ですね。

 で? 逃げるのを諦めて、奪った物を返す気になったのですか?

 私としてもそうであってくれると助かるのですが」


 長い髪の男も、猫種と思われる獣人族の2人も、息切れをする様子もなく対峙すると、程なく10名ほどの黒いローブを見に纏う者たちが長い髪の男の背後で足を止める。


 「アンタ、ガラムって言う奴だろ」


 10代半ばほどに見える獣人族のパトはガラムに人差し指を向け言う。


 「ほほう、私の事を知っていましたか、どこでお知りになったのでしょう」


 「師匠に聞いたんだ、けど、師匠が言ってたのと違うな、強いとは聞いたんだけど頭は弱そうだ」


 「ほう……、貴方の師匠は礼儀と言うのを教え忘れている様ですね。

 まあ、いいでしょう、貴方方が盗んだ神珠しんじゅは貴方方には不要の物、綺麗な物ならば他のを差し上げますので、返しては頂けないですかね」


 ガラムはパトに不快な目線を送がパトは気にも止める様子は無く、腰にぶら下げた巾着袋を触りながらガラムに目線を送る。


 「コレは返さねぇよ、そもそもお前らのもんでもないだろ?

 師匠は盗んだ瞬間にバレるって言ってたけど、まだわかんねぇのか? やっぱ頭よえーな」 


 「はい?……、ま、まさか! カルディナか!!

 やはり彼女は既に! 殺せ!! いや、生捕にしなさい! カルディナの、カルディナの居場所を吐かせるのです!」


 一斉に飛びかかる黒いローブの者たち、しかし、パトは落ち着いていた。静かに腰に差されていた刀に手を添える。


 「カルマ一刀流いっとうりゅう、秘剣、抜刀一閃カマイタチ」


 パトの放った抜刀術は真空の刃を放ち、黒いローブの者たちを切り裂き、背後に控えたガラムにまでおよぶ。

 不意をつかれたガラムは避ける間もなく刃をその身にくらった。


 「どうして俺らがコレを取り返しに行ったのか、少し考えればわかるだろ。雑魚だと思ってんなら改な、俺らはつえーぞ」


 怒り、悔しさ、自身に対する呆れ、様々な感情がガラムを襲う。

 胸に付けられた傷を眺めガラムは荒れ狂う感情を抑えるが次のパトの言葉で爆発する。


 「よし! 作戦成功! チャウシー、逃げるぞ〜!」


 「う、うん!」

 

 「逃すと、思っているのですか?……、私が、この私が!!」


 風の流れに大気の揺れが加わる。

 パトは「ヤバっ」とチャウシーの手を引くが遅く、周りには見えない何かに囲まれていた。


 「唯一神であらせられる、アージュランテ様の、神の使徒である私がぁぁ!! 貴様ら虫けら如きに傷だとぉぉぉ!」


 怒りをあらわにするガラム、しかし、パトの一撃により付いた傷からは一滴の血も流れてはい。

 それに気が付いたパトは声を飛ばす。


 「チャウシー!」


 「わかってる! 《母なる世界樹の息吹よ、古より伝わりし輪廻のマナよ、我が言霊に応え力となれ、大地の鎖グランドロック!》」


 チャウシーのロット輝き、地響き共にガラムは大地に拘束され、その魔法に合わせる様にパトが前に出る。

 パトは下段からの抜刀術を披露するが、ガラムは辛うじて拘束を逃れた右手を懐に入れ、出したメイスらしき物で阻んだ。


 「からの〜」


 弾かれた勢いそのままに、パトは器用に逆手で刀を握ると右上段から切り下ろす。

 それはガラムに傷を負わせるに至るがやはり、出血はしない。


 「《スパイン!》」


 一撃を入れたパトはバク転でガラムから離れるとチャウシーのスパインと言う言葉で拘束している大地から無数の棘が現れガラムを貫いた。


 「申し訳ありません……、申し訳ありませんアージュランテ様、頂いたお身体を、こんなにも傷を付けてしまいました……」


 「おいおい、何で生きてんだよ!」


 「パト!」


 チャウシーが声を荒げた瞬間、大地の鎖グランドロックは破壊され、それは砂埃を巻き上げ、砂埃から突如現れた手が、パトの首根っこを捕らえた。


 「ぐっ、だと!」


 「キミのカルマ流は、若くして亡くなったエルフの英雄、カルマ・オリヴァーの剣術ですか、そして貴女のはリンク族に伝わる古代魔法。

 まさか伝承されているとは、思いもしませんでした。

 しかし、残念ですね。……、本物であれば、私の命も奪えたかも知れませんのに」


 ガラムはそう言うとパトを掴んでいる手に力を込める。


 「ぐあぁ!」


 「ほほう、首をへし折るつもりだったのですが……、興味深い」


 「ほ、本物とはどう言う意味だ!」

 

 ガラムに掴まれてから、全く力が入らないパトが苦しそうな表情を浮かべる。


 「知る必要はないでしょう、私の身体を傷つけた事、命で償ってもらいましょう」


 そう言うとガラムはチャウシーの方へとパトを投げた。

 パトの身体に力が入る様子はなく、受け身を取らずに地面に落ちる。


 「パト!」


 「わ、わりぃ、ヘマこえた……、力が入らねぇ、初めから本気で行くんだった」


 「本気? それが事実なら怖いですね、しかし、それは私も同じ、大事な身体に傷を……、もう油断はしません。確実に殺して差し上げましょう」



 ガガーン!



 そんな時、魔力障壁を突き破りド派手に破壊され「はちょー!」と言う声と共にガラムの顔面に、超絶美少女の飛び蹴りが突き刺さる。

 

 ガラムはそのまま地面に叩きつけられた。


 そんな光景を美少女は見下ろし、世にも奇妙なポーズ決め、憎たらしいまでのドヤ顔を見せる。


 ……。


 「悪を許さぬ闇夜に咲く一輪のバラ……」


 「わ、私の、私の顔に、貴様は何をしたか分かっているのかぁ!!……」


 油断はしない、そう言った矢先の一撃、少し気不味そう雰囲気で語るガラムであったが。

 次の瞬間、腹の溝に美少女の拳が殺列すると、更に顔面に裏拳が飛ぶ。

 再度、地面にキスする事になったガラムを尻目に、これまた再度、世にも奇妙なポーズを決め、ドヤ顔見せた美少女は続ける。


 「黙れロン毛! 自己紹介がまだでしょうがぁ!! ……、えーっと、闇夜に咲く一輪の花、可憐な乙女、リリスちゃん参上!!」

 

 私の名はリリス、又の名をリラ・トゥカーナ。


 リリスとは、不思議な指輪の能力『リラは15歳』を発動した姿、リリスと言う名は……、何となく、しっくり来たから付けた。

 体感能力はリラの時の3倍、めちゃくちゃ強い美少女である。


 「「……」」


 「きき貴様ぁぁ! わ、私に何をしたぁぁ!!」


 「顔面蹴飛ばして……、ムカついたから2回殴った」


 「き、貴様は……、貴女は許しませんよ、アージュランテ様に頂いたこの身体に血を流させた罪は償って頂きましょう」


 私とガラムのやり取りを見ていた獣人族の2人は、驚きの表情のまま固まっていたが、我を取り戻す。


 「あ、お姉さん逃げて下さい!」


 「そ、そうだ! アイツ切っても刺しても……」


 「「……」」


 2人はガラムに目線を送ると、その動き、言葉を失った。

 ガラムは口から血を滲ませ、鼻からは血を垂らしていた。


 「え!? なんで私の魔法でも平気だったのに!?」


 ガラムは自らの手で顔を拭い、その手を見る。

 自らの血を見てブツブツと何かを呟いていた。


 「さてロン毛、お前何者だ? 王都で何を調べている」


 最近、たまに私を観察する気配を感じる事があった、昔からの何者かによる視線ではなく、ごく最近からの物。

 トトにバレない程度で、その気配を探らせ、1人の人物にたどり着いた。

 そう、それがこのロン毛だ。

 ロン毛は確実にトゥカーナ家を覗いていた、しかもターゲットは多分、私。

 今日、全部吐かせてやる!

 さっさと終わらせて私は奴らを血祭りにあげる策を練らねばならないのだ。


 「フフフッ、何者か、ですか。

 まあ、いいでしょう、私は……」

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