第41話 譲れぬ想い

 アランとミランは、楽しいひと時を過ごし帰宅すると屋敷の前に1台の馬車が止まっていた。


 「申し訳ありません、トゥカーナ家にご用の方でしょうか」


 アランは頭を下げ丁重に声をかけるが、予想だにしない返答が返って来る。


 馬車から降りて来た身なりは良いがガラの悪そうな男は、いきなりアランの腹を蹴り、頬を殴りつけると叫んだ。


 「貴様! いつまで待たせるんだ!!」


 突然の出来事にミランは動けず、暴行を受けたアランも理解が遅れる。


 「ア、アデル兄様……」


 「はあ? 兄様だと?! 貴様らはもうオースナーの人間では無い、貴様らは既に平民なのだ!」


 アランに暴力を振るったのは実の兄、次男のアデルであった。

 アデルはなおも手を上げようとする。


 「アデル兄様! それ以上は問題になります! 私たちは兄様の言う通り、オースナーの家を離れ他家へと奉公に出た身。 

 もう、兄弟喧嘩では済まないのですよ?!」


 アランとアデルの間に割って入ったのは、険しい表情のミランだった。

 しかし、その行動がアデルの逆鱗に触れる。


 「兄弟喧嘩だと! 平民が! 分をわきまえろ!」


 アデルは腰に差してあった剣を抜くとミランの頬を斬りつけた。


 頬に深く刻まれた一筋の切り傷、滴り落ちる血液、ミランはそれでも表情を変えずアデルを見る。

 オースナー家にいた頃のミランであったなら悲鳴あげ、顔を覆ったであろう。


 しかし、ミランは強く、凛々しい少女を見た。


 ギルマルキン伯爵にアランとミランが目をつけられた時、多くの大人たちが見て見ぬ振りをする中、救世主の如く現れた少女。

 大人に対しても、毅然とした態度をとる少女。

 悪の手より単独で助けに来た少女。


 少女との出会いがミランを強くした。


 「な、何をしてるんですか!! ミラン! 大丈夫か?!」


 辺りにアランの声が通る。

 

 「アデル、平民と言えど女性の顔は、それはやり過ぎではなくて? まあ、酷い、これは跡が残るわね」


 ミーシアが馬車の窓から顔を出すと、悪びれる様子もなく、薄ら笑みを浮かべる。


 「ミーシア様、これは我が家の名誉の為、教育、いや、調教でしょうか。

 レモント家、御令嬢のミーシア様を、これ程待たせたのですよ? この程度ではぬるいくらいです」


 「まあ、そうね、あの礼儀を知らない小娘の家の使用人だものね、教育はしておいた方が良いわ、いえ、調教でしたね。

 あっ、そうそう、これを貴方達の主人に渡しておきなさい。

 1週間後がとても楽しみだわ、アデル、行くわよ」


 「はい!」




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 「アイツら! ぶっ殺してやる!!」


 リラは激怒した。

 

 ミーシアたちに向けられたものだが、それは同時に自分にも向けられていた。


 ——アイツがこう言う行動をする事は、よく考えれば予測出来た……、私の落ち度だ……、子トトたちをちゃんと付けておくべきだった。


 私は子トトたちのほとんどを街中パトロールに出していた。

 理由は最近、犯罪なんかが増えてきた為。

 先の魔物襲来で治安が悪化した。

 悪化と言ってもそこまで酷いものではない、国王を筆頭に早くから治安の悪化を懸念し、事前に動いていたからだ。


 しかし、多少のほころびは出てしまう、そんな綻びを少しでも無くす為に私は動いていたのだ。


 「ダメです、リラ様! 私は大丈夫です、相手はレモント家だけではありません!

 クロイツ侯爵家の寄子よりこの家、全てが敵になるかも知れないのです!」


 私を必死に止めるミラン、やっと出血が収まりかけていた傷が開き押さえていた布が赤く染まる。

 裏であたふたといていたメアリーだったが、ミランの傷が開いた事に気がつくと直ぐに救急箱を持ち動く。


 「ミラン様! 動かないで下さい」


 心配そうにその光景を眺めるアランとルーク。


 そして、私は決意する。


 「……もう……、自重しない……、メアリーどいて! ミラン、ちょっと傷見せてもらうね」


 私はミランの頬に押さえつけられていた布を剥がすと両手をミランに向ける。


 『ヒール!』


 皆が使う魔法とは異なる魔法、それは一目でその場にいる者たちは理解した。


 「リ、リラお嬢様、それは……」


 ルークが疑問を口にするが、私は気にせず治療に専念する。


 傷の出血が止まり、徐々にその傷すらも消えていく。


 「はい、治療終わり!」


 「待って下さい! リラ様は光属性のマナ持ちなのですか?! いえ、そもそも治療魔法とは、聖教へ多額の寄付を行い、ようやく基礎が学べる言わば神聖なる神の御業みわざ

 それを聖教の教えなく治療魔法を操る者は、例外なく神徒、聖教では司教以上のくらいを持って招き入れるのですよ?!」


 ——え? そうなの?


 この世界で治療魔法とは大それた事の様だ……。


 ——やらかした!


 ミランの言葉に驚く私、突然だ、私が使った治療魔法とは初歩の初歩、それに私は治療魔法が得意な方ではない。

 確かにこの世界の魔法、私が言う魔術の事だが治療を行うには光属性は必須、しかし、魔術の治療とは、私が使った魔法なんかとは比べ物にならない効果を発揮する。

 それこそ神の御業、上位の者であれば、広範囲の者を瞬時に治療する事も可能なのだ。


 「大袈裟おおげさだなぁ、こんなの練習すれば誰でも出来るよ」


 嘘ではない、基本から真なる魔法を本気で鍛錬すれば、遅くても数年で使える様になる。


 それに私は自重を捨てた……。


 ——みんなに教えまくったらーー!


 そんな事思っていたが、話は思わぬ方向へと進む。



◆◇



 怒りが冷めやらぬ中、母様とロザリーが帰って来る。

 経緯の説明をルークに丸投げした、私はミーシアが持ってきた紙に目を通していた。


 日時は1週間後の休日、朝、8時から。

 場所はギルド闘技場。

 授業内容は魔法で、今回は特例として助手を付けるそうだ。


 ギルドと闘技場は200程の見学席があり、試験の透明性は確保出来るとの事。


 ——何か仕掛けて来る……、だろうな。


 「やってくれるわね、アラン君、ミランちゃんごめんなさい、私の実家が原因よ。

 今後は絶対に手出しをさせないわ、任せて頂戴」


 「い、いえ、謝罪など、相手は兄……、実家の者でしたし……」


 母様も今回ばかりは、怒りの表情を浮かべ実家と争う覚悟を決めた様だった。


 「リラちゃん、今回は件は辞退しなさい、それと今後、治療魔法使用は控える様に」


 「え?」


 「治療魔法は貴重なの、聖教はこの治療魔法を独占する事によって多額の寄付を集めているわ。

 もし、治療魔法が使えると知れれば、どんな手を使おうともリラちゃんを聖教に入信させ様とするでしょう」


 ——ま、マジかよ、治療魔法の独占?! そんな事出来る訳が……。


 とりあえず、聖教に入信させられるのは、ごめんだし「はい」と答えた。

 自重しないと決意して、間もなく、自重する事を決意した。


 「それと、授業をギルド闘技場でなんて、何かよからぬ事を考えているに違いありません。

 何かがあってからでは遅いわ、辞退しても家の汚名が多少残る程度、リラちゃんは気にする事ありませんよ」


 心配してくれているのはわかる。

 でも、悪いけどそっちは同意出来ない、奴らは私の家族に手を出した、絶対に許さない。



 それだけは譲れない、きっちり清算させてやる!



 「母様、私が辞退する事は絶対にありません! これだけは譲れません!」


 私の思いをくんでか、母様は不満そうな顔を見せながら私の我儘を許してくれた。


 ——さあ、どう料理してくれようか、ここまでやったんだ、ちょっと恥をかく程度で済むと思うなよ!!


 


 次の日からティファ、メアリーの鍛錬にアランとミランが加わり、過激なものへとなって行く。


 才を考慮し、属性を考慮し、私は今ある知識を最大限に活かし、皆を鍛え上げる。


 アランは剣と盾、ミランは細剣、2人は水魔法を。


 ティファは弓と土魔法を。


 そして、メアリーは格闘と火魔法を。



 さて、地獄の鍛錬の始まりだ!!

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