第40話 淑女の怒り

 王城、ティファレンスの部屋から覗ける広場は、リラやティファレンス、そして、メアリーの鍛錬の場となっていた。


 「本当に私なんかが、ここに来ても良いのでしょうか……」


 「何の問題もありませんメアリーお姉様! お父様にも許可を得ていますし、私の治療の為でもあるのですから……、逆にお仕事に、学問、お忙しいのに来て頂いてよろしかったのですか?」


 「そ、それは、も、問題ありません! アラン様にミラン様もおりますし。

 そ、それよりも、姫様! 前々から申しております通り、お姉様と言うのは……」


 「ダメです! リラお姉様は私の長く苦しい人生に光を灯してくれた恩人、メアリーお姉様は、そんな恩人の姉弟子、それに一門は家族と言うではありませんか。

 ここは誰に何と言われても絶対に譲れません!」


 地獄……、ティファレンスの人生において、この地獄が大半を占めていた。

 物心ついた時より、病に伏せ、実の家族からすら心配こそ伝わったが腫れ物に触る様な扱いを受けた。

 その他の人たちからの扱いは酷いものだった。

 彼女の耳に届く様に発せられる、耳を疑う罵詈雑言ばりぞうごん、汚物を扱うかの様な扱い……。


 家族に気を使う毎日……。

 使用人の悪意に耐える毎日……。

 生きている意味すらなかった毎日……。


 幼子であった彼女が死をも望むに至る。


 そんな時出会ったのがリラ・トゥカーナと言う少女だった。


 —私、そう言うの気にしないから—


 そんな彼女だからこそ、少女の言葉が嘘偽りのない言葉であると理解した。

 彼女にとってこの出会いは、物心ついた時より数え、初めて射した一筋の光。

 それは神の降臨にも近い感覚であった。


 彼女はその光を愛した、いや、崇拝した。


 そして、その崇拝は行き過ぎ……。


 「私はいずれ、リラお姉様を崇拝する、リラ教を開宗かいしゅうするのですから!

 そのリラお姉様の一番弟子、メアリーお姉様をないがしろになど出来る訳ありません!」


 こうなった……。


 目を輝かせ語るティファレンスにメアリーは……。


 「そ、そのリラ教……、私も入れて下さい!」


 目を輝かせた……。


 「もちろんです! 私が教主で二番弟子、メアリーお姉様は副教主で一番弟子です!

 私たちは姉妹であり、親友であり、戦友ですわ、一緒にリラお姉様の偉大さを広めていきましょう!」


 「はい!!」


 メアリーもまた、危険をかえりみず助けに来たリラに、それに近い思いを抱いていた。


 そして……。


 「ルーク様も入信させてもよろしいですか?! きっと喜んで入ると思います!」


 「もちろんです!」


 本人の意思とは関係なくルークのリラ教への入信が決まり……。


 「ランス兄様とアルフ兄様もリラお姉様に魔法を教わるのですから当然、入信させておきましょう!」


 これまた勝手にランスロットとアルフレッドもそれに名を連ねた……。




◆◇◆◇




 最近のわたくしは暇を持て余していました。

 アランとミランは仕事の覚えが早く、それほど手を焼く事はありません。

 メアリーさんは言わずもがな、仕事は完璧、流石はロザリーとフレア様のお弟子さんと言う所でしょう。

 リラお嬢様の奇行は最近少なくなり、トゥカーナ家へのお客様も少なく……、私は突然訪れた平穏な日々に戸惑いを感じております。



 こんにちは、ルーク・クラリスです。


 

 今日は、リラお嬢様は孤児院の友人とのご交流との事で孤児院へ。

 メアリーさんは、ティファレンス殿下と共に、治療の為の鍛錬?とか。

 アランとミランもご学友との約束の為、帰りが少し遅れるとの事。


 そして私はと言うと、そんな平穏な日々を知ってか、知らぬかランス様より昼食のお誘いを受けました。

 

 私は執事やクラリス家時期当主と言う立場ではなく、ランス様も王太子と言う立場ではなく、友人として、食事を楽しみ、談笑を楽しみました。

 私とランス様は学生時代の話やら、シャーロット王女の結婚式での出来事、今後の事など、時を忘れ、学生の頃に戻った様な気持ちになりました。


 しかし、そんな楽しい時間はあっと言う間に過ぎ去り、時間を告げに来た侍女の言葉で私の重い腰は軽やかに浮かび上がるのです。


 「王太子殿下、そろそろ書類の確認を」


 「ああ、わかった僕の部屋に運んでおいてくれ、今日中には終わらせる」


 「ですが、急ぎの案件も……」


 「くどいぞ、今は友人と談笑中だ、ルーク、トゥカーナ家も使用人を増やしたんだ、もう少しくらい大丈夫だよな?」


 「ああ」


 「かしこまりました、急ぎの案件の方は分けておきますので、終わり次第お呼び下さい。

 それと、ルーク様は、遅れ帰宅するとメアリー殿に伝えておきます」


 ——ん? 今、なんと?


 そうだった! 今日はメアリーさんも来てるんだった!

 しかも……リラお嬢様はいない!

 帰宅デートのチャンスじゃないか!


 「あっ、私、やっぱ帰ります」


 「え? さっきもう少し大丈夫って……」


 「ああ、ほら、あっ、そうそう、最近、物騒な事件が起きたばかりじゃ無いですか!

 流石に1人で返す訳にはでしょ!」


 私は軽やかに立ち上がるとランス様に別れを告げ、城門駐馬車場に向かう。

 

 馬車の用意を済ませメアリーさんを待っていると、城から出てくる彼女と目が合う。


 「ル、ルーク様! 今日は迎えはいらないとお話したじゃ無いですか!」


 「い、いや、今日はランス様に昼食に招かれてね、今まで談笑してたのです、キリが良かったので、メアリーと共に帰ろうと思いまして、例の事件の事もありますし……、お、お手をどうぞ」


 2人は頬を赤らめ初々しさを滲ませる。


 「え? そ、そんな……」


 「こ、ここは城の門前、迎えの者が女性の手を取らぬ事などありません……、お、お手を」

 

 「は、はい」


 私はメアリーさんの柔らかい手を取ると馬車の箱へとエスコート、馬車を帰宅の途へと走らせたのです。

 途中、私は勇気を振り絞りメアリーさんに問いかけました。

 

 「メアリー、風が気持ちですよ、と、隣に来てみます?」


 「……はい」


 小さいな可愛い声で返事をした彼女を隣にのせ、いつもよりもゆっくりと馬車を走らせる。

 

 幸せな時間、リラお嬢様がいたら経験の出来ない至高のひととき……。


 今しかない!!


 「メアリー、話がある」


 しかし、そんな私の覚悟を踏み躙る馬車が前からやって来たのです!

 

 「ルークさまぁ〜!」


 この耳障りで聞き覚えのある声……、そう、ミーシア嬢の馬車でした。


 「丁度、トゥカーナの屋敷に例のテストの書類をお届けした帰りですの」


 「また、事前連絡もせずに……」


 私は一世一代の覚悟を踏み躙られ、ボソッと本音を漏らしてしまいます。


 ミーシア嬢の馬車箱の中にはミーシア嬢の他に2人の悪そうな男。

 2人の男は、私の声が聞こえたのか睨む。


 「今日は、書類を届けに上がっただけですし、それよりも使用人の教育はしっかりしないといけません。

 お客様を不快にさせるなどあってはならない事です」


 2人の男は一瞬、笑みを浮かべるのを私は見逃しませんでした。



 ——え? 今の物言い……、アランとミランの事……、ま、まさか!



 「私たちは急ぎますので、これで」


 私は急ぎ馬車を走らせました。

 

 トゥカーナの屋敷に着き、メアリーさんを馬車から下ろすと中に急ぎます。


 「ただいま帰りました! アラン! ミラン!」


 「ル、ルーク様!」


 頬を腫らしたアランの目の前には、怒りを抑える努力を放棄した……リラお嬢様。

 リラお嬢様も帰って間もないのか状況をまだ理解してないご様子。

 

 そして、リラお嬢様は、ボソリと声出します。


 「ミランは?」


 「あ、奥の部屋に……」


 リラお嬢様の気迫を前に条件反射の様に口にするアラン。

 後から来たメアリーさんもそんな状況を見るや言葉を失い。

 リラお嬢様はその後一言も言葉を発せず、怒りの形相のまま、奥の部屋へ。


 そして……、ミランの部屋に入って間もなく。


 「アイツら! ぶっ殺してやる!!!」


 その声は、私が今まで感じた事のない殺気を放つ。

 こんなご時世、戦の経験などありませんが、私も多くの強者つわもの目にして来ました。

 リラお嬢様の殺気は、それすらも凌駕する、私ですら骨の髄から震えがくるものでした。

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