第34話 招かれざる訪問客

 トゥカーナの屋敷はある人が住んでいた屋敷跡地に建てられた。

 ある人の名はロンド・クロイツ、ミラの父親の弟、叔父あたる人で騎士であった。



 21年前、ミラが騎士見習いを終え、騎士になった年、多くの貴族や聖職者が捕縛される事となった大事件が起きた。


 その事件の解決の糸口を示したのが騎士ロンドであった。

 しかし、ロンドは1人の少女の命を守るべく殉職してしまう。


 ミラは叔父の死をきっかけに、他者を寄せ付けぬ活躍を見せこの事件を解決に導いた。


 これによりミラには10等勲位、ロンドには9等勲位、賜っり、ロンドは騎士爵を叙爵じょしゃくした。


 多くの貴族や聖職者が捕縛されると言う前代未聞の事件、国は生きた英雄を欲した。

 そこに白羽の矢が立ったのが、ロンドとの血縁関係があり、解決に導いた1人、ミラ・クロイツであった。

 

 しかし、ロンドを尊敬していたミラは首を縦には振らなかった。

 

 そこで国は苦肉の策に出る。


 死後に叙爵したロンドの騎士爵と言う爵位を特例としてミラに相続させたのだ。

 それを提案したのはこの事件の捜査にも携わっていたミラの上司であったロー・レオニス。


 ミラはローの説得とロンドの夢の為、それを受け入れ、時の英雄となる。



 ロンドは市民に愛されていた騎士であった。

 多くの市民がロンドの死を悼み、21年たった今でもその名を残す。

 国立ロンド学術校もその1つだ。


 しかし、それを良く思わない者もいた。


 ミラの父、ジェイガン・クロイツ。


 多くの騎士を輩出する、武の名家であり、クロイツ侯爵家の当主である。


 ジェイガンは王都で弟、ロンドが下町で平民と腕をかわし飲み歩く事や、孤児院に干渉している事を度々『貴族の振る舞いにあらず』注意していたが、ロンドはそれを聞かなかった。

 そんなロンドを慕う娘のミラとも口論が絶えなかった。


 そんな矢先の大事件、命を落としたとは言え名誉を残したロンド、それを継いだミラ、溝は更に深まった。

 そして、追い討ちをかけるかの様に数年後、ミラは、クロイツ家に何の報告をせずまま、平民であるヴァンと結婚。


 ジェイガンはミラを勘当した。


 しかし、ミラが近衛騎士に選抜された時より一変する。

 ジェイガンは周囲にちょくちょく復縁を匂わせ、トゥカーナ家に手紙が届く様になり、ジルがウェズリット騎士学院の推薦を受けた時より、そのしつこさが増した。


 ロンフェロー公国王都ミズリーとアストレア王国王都ルザードを結ぶ街道の途中にクロイツ侯爵領があった。

 クロイツ侯爵家は古くからこの地を治める世襲貴族。

 故に、古くからある街であり、良く言えば完成された街、悪く言えば多くの利権が絡み、発展とは皆無の街である。


 そんな領主の屋敷。


 「我が領の税収は年々減る一方だ、しかし、事が上手く進めば王家やクラリスとのパイプは確実、更にアストレア王家とのパイプも出来るかも知れん。

 良いな、トーレス」


 「はい、お任せください閣下、我が娘ミーシアは才に恵まれし天才。

 必ずご期待に応えて見せましょう」

 



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 一連の騒動が落ち着き私は、今、ある物と向き合っている


 使用上の注意をよく読み、用法、用量を守って正しくお使いください。


 1、これはリラ専用の飲み物です、他の方はお控え下さい。

 2、1回の量は1包、コップ1杯の水に良く溶かし服用して下さい。

 3、一生服用回数は1回まで。一度服用された場合は必ず来世までお待ちください。

 4、必ず15歳以上になりお飲み下さい。……。


 ……。


 ……。


 ——飲んじまったじゃろがい!! しかも一生に1回!? 何が「ナント!12包入り!」だよ!


 私は平時を取り戻しが言っていた『15茶』なる物を何となく水に溶かし……、さっき飲んだ……。


 ——何がおこるのかなぁ〜? 超絶パワーアップかなぁ〜?


 安易な少し前の私をぶん殴ってやりたい。


 何故飲んでしまったのか……、何故、を疑わなかったのか……。


 現場、何かが起きたと言う事はない。


 いや、何も起こらなかったから梱包に書いてある事を読んでみた……、と言うのが真実だ。

 

 4、必ず15歳以上になりお飲み下さい。


 ——言えよ!!


 

 自室にてそんなこんなしている最中、トゥカーナの屋敷に1人の訪問客がやって来る。



 「ですから、後日改めて、待ってください! 困ります!」


 メアリーの声が玄関に響く。

 それにいち早く気が付き、私は2階の物陰より覗き見る。


 「平民のメイド風情が! 貴方では話になりませんわ!」

 

 何やら偉そうなメガネをかけた女性がメアリーを強引に押し退け、屋敷に入り込もうとしていた。

 

 「騒がしいですよ、メアリー、どうしたのです」


 騒動を聞きつけたルークがメアリーと女性の口論の間に入る。


 「ル、ルーク様、申し訳ありません、この方がリラ様の家庭教師として雇われたと申しておりまして……」


 ——ん? 私の家庭教師?


 困り果てた様子でメアリーがルークに事の次第を告げていると、言葉を遮る様にメガネの女性がルークに迫る。


 「ルーク様! ご無沙汰しておりましたわ! ミーシアでございます、覚えておいでですか? この度クロイツ侯爵様のご依頼により、孫娘であるリラと言う子の家庭教師となるべくさんじましたの。

 ですが、この無礼なメイドが門前で追い払おうとしましたのよ? 酷いと思いませんか?」


 ミーシアと名乗った女性は胸の谷間を強調させルークに攻め寄る。

 歳の頃は20代前半、鈍いライムイエローの髪は背中の辺りまで流れ、茶色の瞳に赤縁メガネ。

容姿は端麗、スタイルは抜群、残念な事に性格に難のあるナルシスト女である。


 「……、ミーシア様「ミーシア! ミーシアとお呼び下さい、ルーク様。

 ランスロット王太子の成人パーティーは良き夜でした、覚えておいでですか?」


 目をギラつかせルークに攻め寄るミーシア。


 ——あの女、ルークにほの字、いや、ルークの肩書きかな? でも、ランスの成人パーティーって400人以上集まったんだよね? 

 挨拶だけでクタクタになったってルーク言ってたし、そりゃ覚えてないよね、そんな顔にもなるよね。


 ルークは必死に記憶を辿る。そして……。


 「……、レモント男「そうですわ! トーレス・レモントの娘、ミーシアですわ、やはり覚えてくれていたのですわね!」


 ——ルーク! 良く絞り出した! 流石は母様が執事として迎えただけの事はある! 男子の鏡だねぇ〜。


 リラは物陰で小さくガッツポーズを決めた。


 グイグイ来るミーシアに押され気味のルークであったが、直ぐに仕切り直す。


 「ご無沙汰しておりました、レモント男爵家御令嬢ミーシア様、今日は主人が不在の為、日を改めまして……」


 「嫌ですわ、ミーシアとお呼び下さいと申しておりますのに。

 それとミラ様は関係ありませんの、クロイツ侯爵様から直々にご依頼を受けて参ったのですから」


 「私はトゥカーナ家に雇われている執事でございます。

 知り合いと言えどトゥカーナ家へのお客様には執事として対応しなければなりません。

 それに例えクロイツ侯爵様のご依頼をだったとしても主人の許可なく、お話を進める事も私には出来かねます」


 執事としての対応を見せるルーク。

 しかし、父であるトーレスの指示を受けていたミーシアは食い下がる。


 「ジェイガン・クロイツ侯爵様は無才でお産まれになった孫娘を痛く心配しておいでです。

 私はミラ様と同じく水属性に加え、風属性のマナを持ち、古代魔法研究の第一人者、賢者イズール様の指導も受けておりました。

 更に、名門中の名門、ミズリー高等女子学院、魔導学科のAクラスを卒業、私が指導した生徒からは名門と呼ばれる学び場に入学する者もおります。

 優秀である私ならば例え無才であっても学友に遅れを取らす事はありません」


 ——無才、無才うるせぇなぁ!


 空気も読まずにドヤ顔で語るミーシア。

 リラは不快感を見せる。

 しかし、不快感を見せたのはリラだけではなかった。

 場が困惑する中、いつもは大人しいメアリーが声を荒げる。


 「リラ様は無才などではありません! リラ様は優秀な方です!」


 身体を乗り出しそう言い放つメアリーを、ルークは即座にメアリーの胸の辺りに腕を出し静止させるが、ミーシアが激怒する。


 「平民の分際で、私とルークの会話に割り込むなど、分をわきまえなさい!!

 それと何ですって、優秀?! 優秀ですって?!

 才を1つも持たぬ者のどこが優秀なのです? それは無能と言うのですよ!

 私は、そんな無能に善意で指導して差し上げようと言うのです、平民風情が口を挟むな!!」


 ——はあ?!


 無能?


 善意?


 指導してやる?


 ミーシアの怒号にアランもミランも仕事を投げ出し、玄関に顔を見せる。


 そして、リラの怒りが静かにピークに達する。



 ——その喧嘩、買って差し上げますわ……。

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