第三章 お爺様からの刺客

第32話 メアリーの決意

 ロンフェロー公国東部、大国ファストーロと隣接するノルトン地方は、バルティー・ジェ・ノルトン公爵が収めていた。

 ノルトン公爵は王族派、改革派のどちらとも属しておらず、中立の立場を崩していない。

 ノルトン公爵以下の貴族たちの多くも、この中立派であり、中立派と言う大きな勢力となったいる。


 「中央はほとんどの被害を出さず、魔物大進行スタンピード退けたか。

 まあ、必要なかろうが支援金は送らねばならんだろう」


 白髪に整えられた髭をはやす、凄まじい貫禄を見せるのはノルトン領の全てを収めるバルティー・ジェ・ノルトン公爵、建国当初より大貴族であり、名家中の名家、個人の武力ではロンフェロー公国十指に入り、世が世ならば英雄と呼ばれていたかも知れない程の老兵である。


 「はい、ではその様に、ところで中央へは誰かを派遣させるのですか?

 東のスレイン公爵家は今回の件を理由に、今度はベルトーン伯爵を中央へと送る様です。

 今も多くの騎士や内政にスレイン公爵家の息のかかった者がおりますが、今回は本気で中核に入り込む様でございます」


 領主室にて書類の山に囲まれているノルトン公爵の傍で身なりの良い男が発言、ノルトン公爵は、その発言に少し考え込む素振りを見せる。


 「ベルトーンか、確かクロイツ侯爵の子飼いであった人物か、クロイツ侯爵家は武の名家、まずは軍部での発言力を増す腹づもりか」


 「どうでしょう、昔と比べ今のクロイツ家にはそれほど力はありません。

 領地の運営も上手くいってないご様子、クロイツ家の復興が目的か、別の狙いがあるのか……」

 

 考え込む2人、そんな間をノルトン公爵が破る。


 「バランスは重要だ、ベルトーンの目的はわからぬが、中立派にはドゥーレもゼフィードもいる、今回は見送っても良いだろう、我々が波となる事は避けねばならん。

 今は国内に波風をたてる訳にはいかんからな」

 

 「はい、ですが改革派から派遣され、我々が派遣しないとなると、よからぬ事を思うやからもおりましょう。

 ここは適当な人材を派遣した方がよろしいかと」


 男の提案を承諾し、ノルトン公爵は再度、書類の山へと向き合う。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 私はメアリー、ロンフェロー公国に仕える騎士、ミラ・トゥカーナ様のお屋敷でメイドとして働いています。

 私の母。ロザリーは、トゥカーナ家設立と共にこのお屋敷で雇われました。


 お優しい家長のミラ様、その旦那様のヴァン様、御子息のジル様に御息女のリラ様、そして執事のグラード様。


 とてもとても暖かい方々に、充実した楽しい日々、そんなある日グラード様が退職し、新しい執事としてルーク様がこのお屋敷にやって来ました。


 ルーク様のお話を聞いてビックリしました。


 ルーク様は何と! 小国の王子様だったのです。


 ルーク様は小説に出てくる王子様と同じく、お優しく、紳士的で、私なんかを女性として扱ってくれる男性でした、そしてイケメンでした。


 私は当初、そんなルーク様のお顔を見る事も出来ずにいました。

 しかし、ルーク様はそんな私を何時も笑顔で見ていてくれました。


 上級貴族の方とは皆がこんな感じなのでしょうか……、きっとそうなのでしょう、お立場のあるお方の言動は国を左右する事があると聞いた事があります。


 でも、そんなルーク様に私は今……、恋心を抱いてしまいました……、叶わぬ恋、そもそも恋心を抱く事すら許されないお方……。


 楽しい日々に、苦しい時が生まれました。

 でも、それは苦しいだけの時ではありません、私の日常で必要な一時……。



 しかし、そんな日々が一変し、絶望へと転落したのです。


 新たにアラン様、ミラン様と言う兄妹きょうだいトゥカーナ家の一員になって間もなく、王都ミズリーに魔物の大群が押し押せて来たのです。

 その数、およそ八百。

 私とアラン様、ミラン様は恐れ多くも王城に避難する事になりました。


 ですがそこで突如、絶望が現れました。

 王家から手紙が届き、王城に向かっている最中、怪しい者たちに囲まれ……、目の前でアラン様が斬られました。


 私とミラン様は怖くて、怖くて何も出来ずに何かを嗅がされ意識を失いました。


 気がつくと鉄の箱の様な物に入れられ、移動している最中でした。

 箱の中は凍えるほど寒く、周りには数人の子供たちが震え耐えていました。


 「メアリーさん、大丈夫ですか?」


 ミラン様はそう言うと子供たちに固まる様に言いました。

 みんなで固まり、寒さと恐怖に耐え……、どれほどの時間がたったでしょう。


 「きゃっはっは、あの変態ババァ、また子供を使った実験始めやがったのかよ!」


 「たった8人じゃ、一晩で全員死んじまうんじゃねぇーか? きゃはっは」


 そんな声が外から聞こえて来ます、道中、移動している最中も、休憩している最中も……。

 

 8人じゃ、一晩で全員死んじまう、子供たちもその言葉の意味は理解していました。

 8人とはすなわち私たち子供たちの事、そして何かの実験体にされるであろう事も。


 ミラン様はみんなを勇気付けました。必ず助けが来ると、しかし、それをに受ける者など1人もいませんでした。

 きっとミラン様、本人もそうでしょう。

 表情を見ればわかります、それは祈りにも近い感情であったと……。


 でも私は違った。


 祈りではなく信じていました、リラ様が見つけ出してくれると、そして騎士たちを連れ助けに来てくれると。


 「大丈夫! リラ様が必ず助けに来てくれる!」


 子供たちは勿論、ミラン様までもが私の言葉に疑問符を頭に浮かべます。


 「リラ様は私たちの事を知ったら必ず助けてくれます! リラ様は絶対に諦めません、だから私たちも諦めてはいけませんよっ!」


 みんなの顔が少し和らぎました、過度な不安も安心もこの場合、思いが交錯する。


 ——今はこれでいい……。


 

 丸一日は移動しただろうか、子供たちが不安を滲ませるも私とミラン様は子供たちを励まし続けました。

 ミラン様は言葉で、私は笑顔でみんなを励まし続けました。


 そして、遂にその時がやって来ます。


 最後の休憩、外に男たちはそう言った。


 男たちの言葉に落ち着いていた子供たちも不安に駆られ、泣き出す子供たちも現れる。

 私とミラン様も徐々に絶望へと堕ちていく。


 そんな時、辺りが騒がしくなる。


 男の喋る声、怒鳴り声、そして悲鳴……。



 ガギーーン!


 「やはり……、おい! 猫共、ガキ共はお前らに任せる」


 静かになり、風に揺れる木々の音や鳥の鳴き声が耳に届く。

 本当に、本当に静かな時間が流れた。

 

 どれほどの時間が過ぎただろうか。


 ガチャン!


 突如、何かを壊す音が聞こえると、鉄の扉が開く。


 「メアリー助けに来たよ、ミランも良く頑張ったね、もう大丈夫だから」



◆◇



 私の目の前ではリラ様が爆睡しておられます。

 

 リラ様は寝ずに誘拐犯の手がかりを追い続け、誰よりも先に私たちを助けに来てくれたのだとか。


 言葉が見つかりません、それは、ミラン様も同じく様でした。


 誘拐犯を瞬殺し、戦利品を子供たち全員に配り、満足げに寝るリラ様……、言葉など見つかる訳がありません。


 こうして、私たちは助かり王都ミズリーの城門を潜ったのです。


 ——え? 城門……?


 そう、私たちはお城に連れてこられ……。


 「メアリー!」


 鉄馬車から降りるとルーク様が私を抱きしめます。


 「無事でよかった」


 強過ぎず、優し過ぎず私を抱きしめるルーク様……。


 ——感無量すぎるだろ!


 ルーク様の匂い……落ち着きます……、ん? 臭い!?


 「ルーク様! いけません! もう丸一日以上、服を変えてません、汚いです! 離れてください!」


 私の声で、鉄馬車から降りて来た子供の目線を感じたのかルーク様は恥ずかしそうにしています。


 「ミランも無事で良かった。アランも回復した、安心してくれ」


 

 私たちは今後の事を騎士の方に聞かされました。

 

 何でも今回の出来事を説明して欲しいとの事だった、今日は城門内にある建物の1つに泊まり明日1人ずつ話を聞くと言うものだった。

 

 そんな話をしている最中、ルーク様がある事に気がつきます。


 「リラお嬢様は?」


 子供たちが一斉に鉄馬車に指を指すと、ルーク様は爆睡中のリラ様を確認し、騎士様たちにこう言いました。


 「そのまま城内に連行して下さい」



 今回は本当に怖い思いをしました。

 しかし、こうも考えました。

 リラ様がいなかったら私たちは助かったのだろうかと……。

 リラ様が私たちを助ける前に殺される事になったかも知れないと……。

 私がミラ様やヴァン様、ルーク様それにお母様の様に強くあったら、アランも怪我をする事はなかったのでは、と……。



 そして私は決意したのです。



 最強の『戦うメイドさん』になるのだと。

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