第29話 騒めく世界

 デゼルト大陸、ローゼンマルクに次ぐ大国ノートザムル。

 この国は、デゼルト大陸最西端と北のオスディア大陸の最南端に領土を構え、現在、大国オスディア皇国と戦争状態にあった。


 そして、オスディア大陸攻防の最前線マスティフ、昔ここには獣人の国が存在していたのだが、これをノートザムルが攻め滅ぼし、現在はノートザムル領、砦を築き大国オスディア皇国を牽制していた。


 この地を守るのはオリヴェール・グシオン

 人間離れした力を持ち、強力な魔法をも操る歴戦の英雄である。


 そんなオリヴェールの元に報告が入る。


 「閣下、モーリス様がお見えになりました」


 「なに?! 今すぐ応接の間に案内しろ!」


 「はっ!」


 オリヴェールは鎧を着たまま応接の間に急ぐ。


 応接の間に入るとそこには赤いドレスを着た若い、20代ほどの女性が座っていた。

 女性は長い赤い髪をなびかせ振り向くとオリヴェールに目を合わせる。


 「オリヴェール、戦況はどうなの?」


 「ああ、少々押され気味だ、やはり兵の練度に差がありすぎだな。

 こっちも才ある者を集めたんだけどな、どうにもこうにも……」


 「でしょうね、停戦出来ないかしら?」


 「なっ! 何をいきなり! 魔族との戦いは俺がが産まれる前から続いてるんだぞ?! 今更!」


 モーリスの言葉に動揺を隠せないオリヴェール。

 しかし、モーリスは気にする素振りも見せず、言葉を発する。


 「新たなる敵が出来たかも知れないわ」


 「て、敵?!」


 「ええ、聖グリッド教会」


 「は?! 聖教?! でもアイツらは!」


 「ええ、同盟関係にあったわね、でもね、ベルゼードが何者かに殺された」


 「なっ、馬鹿を言うな! 奴は純血の1人、若いと言っても前世の記憶を持って転生したんだぞ?! 死ぬ訳がない!」


 「ええ、用心深いベルゼードが死ぬ訳ないわ、でも……、聖教が保有しているデーモンキラーだったらどうかしら?」


 「ま、まさか……」


 「聖教の総意か、少数の暴走か……、どちらにしてもタダでは置けないわね、最悪オスディア大陸は捨てても良いわ、新たな戦争に備えて頂戴」


 「クッソ! 奴ら正気か?! 同盟を先に提示してきたのは向こうだろ!」


 「そんなの知らないわよ、ノートザムルの皇帝も何か勝手に動いているし、本当目障りな奴よね人族って」



 ベルゼードの死は徐々に世界に変動を与えて行く。



◆◇ 



 デア大陸のほぼ中央、ヴァナハーデン領に聖グリッド教会の総本山、聖グリッド大聖堂では重々しい空気が流れていた。


 「教皇陛下、聖女カトリーヌ様がお目通りを願っております」


 「ふむ、パパマンズ枢機卿、通しなさい」


 パパマンズ枢機卿の報告に答えるのは、神々しい黄金のローブを見に纏う、長い白髪に長い白髭の老人、マフィラ・トスコル・ジャプール教皇。

 長きに渡り教皇として君臨し、国の王ですら面会には様々な手続きを必要とする存在である。

 

 そんな教皇がいるのは天の間、一番格式が高い教皇の間、煌びやかに装飾されている部屋は不気味でもあった。


 その天の間に純白のローブ纏う、スタイルの良い中年の女性が現れる。


 「教皇陛下にご挨拶申し上げます、カトリーヌ・ド・メッサリーナ参りました」


 「ふむ」


 「今日はアーク卿からのご報告を」


 カトリーヌの話を聞くとマフィラの表情は一瞬強張らせる。


 「ふむ、パパマンズ枢機卿、聖女カトリーヌが天の間にいる間、誰も通してはなりません」

 

 「はい、かしこまりました」


 パパマンズが出て行くと早速カトリーヌが口を開く。


 「ベルゼードが死亡しました」

 

 「じ、事実なのか?」


 思わぬカトリーヌの言葉に驚くマフィラ。

 マフィラはベルゼードが悪魔である事を知っていた、知っているどころか、教会は秘密裏に悪魔と同盟を結び、教会内にも悪魔を招いていた。


 「はい……、続けます、死因は不明、ギルマルキン伯爵、執事のモリス共に力を失った様です。

 問題は、ベルゼードが半身であった事……」


 「半身? ならば良かったではありませんか、死因は本人に聞けば良いでしょう」


 「いえ、報告によると半身はギルマルキン伯爵の屋敷、もう半身はベルト山脈、ミズリーから南に20km、そこにダンジョンを作ったとか……、それでもベルゼード死亡したと思われます」


 「……、続けなさい」


 「悪魔たちは我々を疑っております」


 「そうでしょう……、教会はデーモンキラーを所有していますからね……、当然疑われるでしょう。

 今後の対応はカトリーヌ、貴女に任せます。

 ベルゼードを殺害した者を探しなさい。

 カーディアス様と聖騎士長には私から言っておきましょう」


 「イアン聖騎士長も災難ですね、数日前に聖騎士長になったばかりですのに」


 「彼は優秀ですよ、心配ありません。

 それより、悪魔共の動きが気になりますね、巫女さえ捕らえられれば……、ローゼンマルク公にも事のしだいを」


 「はい、かしこまりました、ファナとトゥーリアにも連絡を取っておきましょう」

 


 長きに渡る世界の膠着は、僅かな亀裂によって悪意が動き出す。



◆◇



 念話やタペタムGOには受信出来る距離がある事をリラはこの時学び、メアリーとミランが囚われている鉄馬車の集団をリラは子トトを通して確認出来る距離までつめていた。


 「おい! そろそろ出るぞ!」


 傭兵の隊長らしき人物が声を荒げると各々が準備する。


 「もう、休憩は挟まん! そのつもりでいろ!」


 そんな時、アルファ隊が別の気配を感知する。


 《私が行くまで、ちょっとかかりそう、十分注意して! 子供たちは守って頂戴!》


 間もなく鉄馬車の前に元の色が何色なのかもわからない臭く汚れた布をかぶる男が立ち塞がる。


 「おい、貴様! そこをどけ!」


 傭兵の隊長らしき人物の声を無視するかの様に布の男は、後ろのゴロツキの1人に目をやる。


 「本当に生きていたのか」


 「くっせぇなぁ! オメー、誰だ?」


 布の男の目線の先にはゴロツキのリーダーと思われるウータン。

 ウータンもそれに気が付き警戒する。

 ただならぬ気配に傭兵の隊長らしき人物はジワジワも鉄馬車の方に下がる、が、背中が壁の様な物にぶつかる。


 そのには透明な無数の六角形の集合体、結界が鉄馬車をドームの様に囲い、鉄馬車の上には8匹の子猫が見下ろしていた。


 「ほう、これは凄い、それにしても8匹もいるとはな、いや、9匹か」

  

 布の男はそう言うと隠れているアルファに気を向ける。


 「な、なんだ、これは!」


 「俺に取っては好都合か……、おい、誰が貴様を逃した」


 布の男はゆっくりと男の方へ足を進める。


 「へ〜、オメー、俺の事知ってるのか、じゃあ俺が元騎士だったってのも知ってるよな? あぁ?」

 

 気後れしていた、ウータンと呼ばれていた男は虚勢を張って見せるが、布の男は気にも止めない。


 「ああ、良く知ってるよ、ロンドさんを殺したのもお前だろ?」


 「はあ? ロンド? ああ、最弱の騎士ロンドか、オメー、アイツの復讐か? やめとけやめとけ、命ってのは1つなんだからよぉ!!」


 ウータンが大声を上げた瞬間、2人のゴロツキが布の男に襲いかかるが、男の間合いに入った瞬間、声すらも出せずに首が飛ぶ。


 「そうだな、命は1つだ。で? 誰が貴様を逃した。

 囚人鉱山の名簿ではお前は死んだ事になっていた、検死も行われた事になっていた。

 どこぞの権力者が関わっている事はわかっている。それは誰だ?」


 2人の死に怯える傭兵とゴロツキたち、ウータンも例外では無かった。


 「まてまて! 言う言うって! バートリー! バートリー子爵だ!」


 「き、貴様! バートリー様の恩「ぎゃあぁぁ!」


 ウータンの言葉に傭兵の隊長らしい人物が嫌悪を示すが途中でウータンが悲鳴を上げる。

 ウータンの足の甲に布の男の刀が刺さっていた。


 「バートリーは貴様をかくまっただけだと言っていた。

 あぁ、あとあの屋敷の地下通路からガキ共を城外に連れ出したとも言っていた。


  今回も21年前も……。


 23年前の事件の人質もあそこに監禁していたらしいじゃないか、アレクスレイもびっくりだよな、必死に森の中を探し回ったって言うのに、王都内、しかもお膝元である中央区にいたって言うんだからな」

 

 布の男はそう言うと刀を抜き、もう一方の足の甲に刀を刺す。


 「ぐあぁぁ!」


 ウータンにしか興味を示さない布の男、そんな状況に傭兵らしい1人が声を上げる。


 「おい、待て! 地下通路の事を聞いたと言ったか」


 「ああ、言った、ついでに殺した」


 「バ、バカな、あり得ない! あそこには……」


 「ああ、20人弱ほどいたが全部殺した」


 「きさまぁ!!」


 傭兵の隊長らしい人物は身体を震わせ激怒すると布の男に斬りかかる。

 しかし、それは届かず一刀のもとに倒れた。

 残った者たちは逃げようと思考が動くものの身体が行動を起こす前に斬殺された。

 そして目線をウータンに向ける。


 「まて! ガラムって奴だ、『アムサドー』って組織のガラム! そ、それだけじゃねぇ、『カラス』の母体だった『ハルファス』のペコールって奴もだ!」


 「ガラムだと?! 怪しいヤツだとは思っていたがヤツも俺のターゲットだったか、それとハルファスのペコール? そいつは初耳だな」


 「そうだ! 誘拐の指示は全て、そいつからだ、ロンフェローの大物と繋がってるとも言ってた! 知ってるのはそれだけだ! ウ、ウソじゃねぇ!!」


 「そいつらは何処にいる」


 「し、知らない! 本当だ! ガラムは聖教と繋がってる様だった、ペコールはロンフェローの大物と繋がってるって事くらいしか知らねぇんだ! それも真実かどうかわからねぇ! 本当だ、本当なんだ!!」


 「まあ、良いだろう、収穫はあった」


 恐怖からか、全てをさらけ出すウータン、それを見た布の男は満足そうに言った。

 

 布の男はウータンの足の甲に刺していた刀を抜くと子トトが張っている結界に斬りかかる。


 ガギーーン!


 「やはり……、おい! 猫共、ガキ共はお前らに任せる」


 布の男はそう言うとゆっくりと森の方へと歩き出す。


 「ま、待ってくれ! 動けねぇんだ、安物で構わないポーションを……」


 「安心しろ、じきに毒がまわる筈だ」


 そう言うと布の男は消えた。



 《アルファ! 追って!》


 アルファの目を耳をかり見聞きしていたリラが念話を飛ばす。

 しかし、追う手がかりとなる、臭い汚れた布が空からヒラヒラと落ちてきた。

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