第24話 西へ

 全ての魔物を退けたと言う事が伝わり、王都ミズリーの人々は安堵していた。

 死亡者は58人、重軽傷者421人、魔物大進行スタンピードの被害としては奇跡的少ない数であった。


 そして、王城では今回の件を議題に、騎士団長と思われる者たち、戦いの中心にいた人物を集め会議が行われていた。

 会議室には縦に長い机が置かれ、国王ローレンスの後ろには大きなアルカーナ大陸の地図が掛けられている。


 「カチュリー、南区に現れたリザードマンは本当に指揮者コンダクターだったのか?」


 ローレンスが険しい顔を見せ言うと、豪華な白いローブを着たエルフ族と思われる女性が答える。


 「はい、魔核を調べ負の力を確認しております、おそらく間違いないでしょう、浄化作業を終えれば国宝級クラスの魔石になるかと」


 「こ、国宝級だと!」


 カチュリーの返答にローレンス含め騒めく。


 魔石、魔物の心臓とも言うべき魔核を浄化し出来る石。様々な魔導具や結界などに使われ、今では人族にとってなくてはならない存在となっている。

 全国でも国宝級の所有数は少なく、それを加工出来る技術者は多くない。


 古代の時代、力のガルド大帝国、魔導王国トゥールリカ、技術大国ベックウッド、古代三国時代と称されるこの時代、技術大国ベックウッドには三工と呼ばれる技術者たちがいた。

 ガンダーラ社の創設者ドス・ガンダーラ、エレキテル社の創設者ガマ・エレキテル、ドワイズ社の創設者バルカ・ドワイズ、三工たちは国宝級以上、伝説級や神話級の加工を成功し、多くの作品を世に送り出す。

 しかし、三工が敬愛していた当時の国王、マリア・ルビア・ベックウッドが死去、これをきっかけに三工たちは全てを後輩たちに任せて表舞台から姿を消した。

 それから数十年後、ベックウッドの丘にて石碑が発見される。そこには……。


 「偉大なる賢王マリア・ルビア・ベックウッドに我ら三工の最高傑作を捧げる」


 三工らの作品は古代の遺産の1つに数えられ、とんでもない金額で取引されている。

 国々でも国宝として扱われている物が多く、三工の最高傑作と呼ばれる未発見の秘宝、三工の遺産に至っては求める国々や冒険者など後をたたない。

 


 「西門に現れたオーガトロール、東門に現れたゴブリンジェネラル、共に魔核を確認、指揮者コンダクターであったと報告を受けております」


 ロダンはカチュリーの返答に補足する。


 「うむ……、一度の魔物大進行スタンピードで複数の指揮者コンダクター出現の前例は」


 「はい、前例が無い訳ではありませんが、その場合、魔王とも呼ぶべき絶対的強者の存在がありました。

 強者というなら今回は赤いリザードマンになるのですが、以下の指揮者コンダクターを従えていた形跡はありません。

 ですので、今回の件に関しては前例無しと判断してもよろしいかと」


 ひと時の無言、異様な空気が流れる。

 前例のない事柄を想定の元に発言をすると言う事は国の行く末に大きく関わる事を皆知っていた。


 「この話はおいおいする事にしよう、では南区の「お待ちください、1つ報告が」


 ローレンスが異様な空気を断ち切り話を変えようとした時、ミラがそれを遮る。


 「ん? ミラか、良い申せ」


 「はっ! 西区にてシャンフレー殿と共に交戦したオーガトロールの件なのですが、あの個体は6年前の三国会談、アストレア王国の帰りに出会したあのオーガトロールでした」


 「ほう、確証はあるのか?」


 「はい、間違いありません、あの目の古傷は私が付けた物です」


 「え!? ちょっと待ってそれ本当なの? だったらおかしいよ」


 ミラの話に違和感を感じたカチュリーが素を剥き出しに割って入る。 

 会議室にいる者の中には違和感に気がつく者も少なくなかった。


 「はい……、進化と共に指揮者コンダクターとなり、周囲の魔物を率いる。と言うのが定説でありましたが、それでは古傷の説明がつきません」


 魔物は進化と共に新たに生まれ変わる。

 古傷は当然の事ながら、腕や足など、それが例え欠損していても進化と共に癒える。

 よって進化と共に指揮者コンダクターとなると言う定説は崩れ去り、最悪を考えるのであれば、きっかけさえあれば、どんな魔物でも指揮者コンダクターになり得てしまうと言う事になるのだ。

 

 「うむ、これは国際案件になりそうだな、ロダン、次回の国際会議の議案にこの件も加えてくれ、他に何かあるか……、無いのであれば、南区に現れた黒髪エルフの少女について、元連隊長ロー・レオニス前に出よ!」


 「え?!」


 皆の目線がローに集まる。


 ローは度が過ぎる程の緊張感に襲われ、身体は硬直、額からはおびただしい量の汗が吹き出している。


 「え、えっと、今でありますか?」


 「今でなければ何時なのだ?」


 「え、えっと、私が、で、ありますか?」


 「お前の他に誰がいるのだ?」


 国王を始め錚々そうそうたる顔ぶれ、連隊長であった時ですら目を合わせた事すら、殆どなかった面々を前にローの思考は完全に止まっていた。



◆◇



 どう言う訳か睨んでいただけで死んだ赤いリザードマン、周りが騒然とする中、私はトトからの通信を受ける。


 トトによると西に向かう護送車の様な鉄馬車を発見し、メアリーとミランの匂いを確認、他にも数人がそれで運ばれていると言う事だった。

 

 私は皆が騒めいている隙にトトと合流すべく走り出す。


 ——ローさん後は任せた! いい夢見ろよ!


 魔物が開けた南外壁の穴を潜りマジカルスーツを着たまま私は疾走する。

 今までに感じた事のない浮遊感に筋力、そして、スピード。

 

 走る事20分ほど、私はトト合流する。

 辺りは暗くなり始めているが私の視界に問題は無い、私にはタペタムGOがあるのだ。


 森を裂く様に整備された街道、そこで真新しい馬車の車輪跡を見つける。


 「この車輪跡?」


 私がそう言うとトトはコクッと頷く。


 ——走竜の足跡、まずいなアレは馬よりも早く、3日は寝ずに走る……、待ってろ、クソ共! 私が引導を渡してくれる!



◆◇



 「ですから、何度も言ってるでしょう、黒い服を来た赤目エルフの少女が睨んだ……、いや、そんな生易しい物ではないな、兎に角、睨み殺したんですよ!」


 ローの信じ難い言葉にローレンスは何度も聞き返すが、ローの言葉は変わる事がなかった。

 当然である、それは紛れもなく事実、ローは当然繰り返した。


 「うむ……、カチュリー、今の話を聞いて思う所はあるか?」


 「はい、まずは本当にその少女がエルフ族なのかと言う点でしょうか、黒髪と言いましたが、本来エルフ族の髪は殆どが私の様な緑、もしくは茶、自然を司る色をしている者が殆どです。

 2つ目は瞳の色、赤い瞳とは本来、悪魔の瞳の色です。

 私の知る限り黒髪のエルフはいませんし、更に赤い瞳など……。

 3つ目は睨み殺したと言う点、明らかに何かしらの魔法を使った事は明白でしょう、睨み殺すなど夢物語もいい所です。

 魔法の専門家からの意見とすれば、呪いの魔法だと推測します」


 「ちょ、ちょっと待て! 俺だって騎士団に所属していた、魔法を使ったか使ってないかくらいの判断は出来る! 間違いなく魔法の発動はなかった!」


 「わかったもう良い! この議題も話し合って答えが出る物では無いだろう。

 真実はどうあれ、報告通りなら目立つ、早急に見つかるだろう、報酬の事もある見つけ次第連絡せよ!

 今回はこれにて解散する。

 ランスタッチ、カチュリー、トゥカーナは通常通り持ち場に、フランクリン、シャンフレーは残ってくれ話がある」


 会議室から出て行く各々、ローもドッと疲れた様子で会議室を後にする。

 皆が出て行ったのを確認するとローレンスが静かに口を開く。


 「今回の騒動の影で良からぬ者どもが動いていた様だ、確認されているだけで7人の子供たちが消えた。いずれも避難所に向かう最中だったそうだ」

 

 「誘拐……、ですか」


 フランクリンの言葉にグラハムが呟く。


 「魔物大進行スタンピードの一件で王都への出入りは規制が続いています。

 まだ、王都内に潜伏している可能性が高いかと」


 「うむ、確かにその通りだが、嫌な予感がするのだ、シャンフレー、そちの団に魔力探知に優れた者と臭覚に優れた者がおったな、まずは非常用の出入り口を探れ、フランクリンそちには……、少数にてバートリー家の屋敷に向かってもらいたい。

 詳細は現場にリカードがいる、事は極秘事項だ、くれぐれも漏らすな」


 「「はっ!」」


 そんなやり取りを影でじっと見つめていた黒い子猫が動き出す。


 「あっ、あの時のニャンコだ!」


 「なっ、トトか?! あっ、ちっちゃい方か」

  

 シャンフレーは黒い子猫を見つけると抱きかかえ、ローレンスは子トトである事を理解した。


 「トト? 王様この子知ってるの?」


 ……。


 「し、知らんよ、の、のう? ロダン」


 「えっ、そ、それは兎も角として、なぜここに……」


 「そ、そうだ! この黒い子猫が何しに来たのか、それがが先決だ」


 「へぇ……」


 ローレンス、ロダン、シャンフレーのコントの様な物を冷ややかな目で見るフランクリン、そんな光景など興味がない子トトはシャンフレーに抱かれつつ、ローレンスの後ろに飾ってある地図に拳を向ける。


 「ん? 地図か? ロダン! 地図だ! 地図を持ってこい!」


 「はっ! 直ちに!」


 ロダンは急ぎ会議室を出て行く。

 そして、シャンフレーとフランクリンの冷たい眼差しがローレンスに向けられる。


 「王様が知らないって事は私がこのニャンコ飼っても問題ないですね」


 「も、問題だ! 問題ない訳ないだろう! そ、そう、猫とは自由であるべきなのだ、うむ、そうである!」


 「へぇ〜」


 「陛下、もうお声を出さない方がよろしいかと……」


 挙動不審のローレンスに2人は更に冷ややかな眼差しを送る。

 そんな中、地図を持ってきたロダンは長机にそれを広げた。


 すると子トトはロンフェロー公国の位置に手を置くと西に滑らす。

 そんな光景にフランクリンとシャンフレーは驚きの表情を浮かべ、ローレンスとロダンは子トトと普通に話出す。


 「ん? これは誘拐犯の逃走経路か?」


 子トトがコクッと頷く。


 「ほほう、西に向かったのですな」


 子トトがコクッと頷く。


 「「……」」


 「まさか、既に王都外に出ていたとはな」


 「はい、王都内を捜索していたら手遅れになる所でした。直ちに捜索隊を動かしましょう」


 「「……」」


 「ま、待て! この方角、このルート……、ア、アゴット市か!!」


 「で、では……、ギルマルキン伯爵が……、子トト殿! 予測されるルートは?!

 ……、

 ……、

 ……、陛下!」


 「ああ、間違いない! ギルマルキンめ!!」


 冷ややかを通り越し、哀れみにも近い眼差しのフランクリンとシャンフレー。


 「シャンフレー殿……、我々は何を見せられているのでしょう」


 「うん……、子猫と喋るオジさん2人……?」


 ローレンスは凛々しい顔つきで宣言する。


 「シャンフレー! 公国きっての走竜、ゴルドミムス隊の使用を許可する!

 子トト殿、案内を任せても良いか?」


 子トトは凛々しい顔つきで頷く。


 「感謝する! 第三近衛騎士団長ヴァラドナ・シャンフレー! 一時、近衛の任を解く、精鋭を連れ 西だ! 西へ向かえ!!」

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